とおりゃんせ
十六夜 水明
女童
「ねぇ、母様。」
月の無い新月の夜。
「なに?」
母親は女童の方に向いて、どうしたの?と優しくあやす。
母親の手元では、蝋燭の炎が
「ここは……どこ?」
何でここに来たの? と女童は怯えた調子で聞いた。
女童は、数え年7つ。顔立ちは端正でありながら、身に纏っている着物は女童自身の背丈には合っていない。そのためか、母親の着物よりも良いもののはずなのに、随分と不恰好に見えてしまう。
女童とその母親の進行方向-鳥居の向こう側はこちら側と違い、悶々とした暗闇によって閉ざされている。鳥居の横には鬼の面を被った背丈の高い男が金の槍を手にし、立っていた。
「通していただけませんでしょうか?」
母親は鬼の面の男に向かって問うた。
「用が無ければ、通す事は出来ぬ」
男は、母子ともに一瞥し、そう言いはなつ。
「用ならございます」
真剣な面差しで母親は、何かが書かれ、
「…承知した。〖贄〗を
木札から視線を母子に戻した鬼の面の男は、女童を引き渡すよう母親に言った。
「……」
「早く此方へ」
母親に向かって、男は急かす。
「……」
「母様?どうしたの?」
女童は、そう問いながら、俯いている母親の顔を覗く。
そして、目を見開いたのだ。
「……ご…ごねんね」
ごめんね、ごめんね、と母親は涙を流していた。涙で濡れた母親の顔は、まるで胸が張り裂けそうなくらい辛いことをもの語っていた。
「母様? 大丈夫?」
どこか痛いの? と女童は聞く。
「…っ何でもないのよ。」
お願いがあるのだけど、聞いてくれる? と母親は嗚咽を漏らしながら自らの娘に言った。
「うん!」
女童は母親に向かって、なんでもするよ! と母親を元気付けようとする。
「……あのね。この鳥居の奥にね、天神様がいらっしゃる社があるの。そこに、このお札を置きに行ってくれる?」
母親は、躊躇いながらも涙を耐えるようにして、その願いを口にした。
「それで、母様は元気になる?」
そんな様子の母親に影響され女童も不安がちに問う。
「……えぇ。母様だけじゃなくて、村の皆が元気になるのよ」
母親は、苦痛に耐えるかのように、しかし娘にはその苦痛を悟られないように笑みを浮かべる。
「わかった。私、行くよ。皆のために!」
一方、娘は村の皆を元気にさせる、という大義名分に胸を踊らせていた。
「じゃあ………お願いね」
そう言い、母親は震える手に男に差し出した木札とは異なる札を娘には渡した。その木札には、ポタポタと母親の涙が染み込んでいく。
「うん。行ってくるね!」
弾む足並みで娘は鳥居を潜ったが、その姿は忽ちにして消滅させた。
「………!?」
何が起こったのか良く分からず、母親は
そこには、鳥居も鬼の面の男も存在していなかったからだ。
そんな沈黙が流れるその場を、ゆらゆらと燃え続ける蝋燭の火が、なにもない母親の周囲を照らしていた。
そして、母親の嗚咽が再び辺りに響き続けたのだった。
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