黒い路面電車

つばきとよたろう

第1話 黒い路面電車

 その日、町の空は火山灰が覆っていた。辺りが夕方のように薄暗かった。町を行き交う車は灰を巻き上げながら、こぞって先を急いだ。口にハンカチを当てて、こっちも何だか急ぎたくなる。道路も道沿いの店頭も街路樹の葉っぱにも、鼠色の灰が積もっていた。灰色の足跡が歩道をたどっていた。そう言うくすんだ景色の中を、路面電車がゴトゴトと地面を鳴らして走っていた。その停車場に立って、電車が来るのを待っていた。電車はなかなか来なかった。今来たのは反対方向の電車だった。他にも数人の人が、灰が降るのを煩わしそうに電車を待っていた。真ん中のじいさんが話し始めた。

「あん噴火は酷かったな」

「そうじゃな。灰がたくさん降った」

「わしん所ん家は十センチも積もった」

「そげんてへんやったな」

「そうじゃな」

 そのうち見通しの悪いもやもやした所から、電車はやって来た。ところが、妙に黒い電車だった。窓ガラスは全て煤か灰で真っ黒に塗り潰されている。車内は運転手さえ見えなかった。それがつつーと前まで来て停車した。電車は止まったが、誰も降りてこないし、乗ろうともしない。黒い窓ガラスをにらみ付けていると、内側から誰かが黒い所を手で拭った。そうして誰かの顔が現れた。怒ってもいない笑ってもない、死んだように表情の無い顔だった。嫌な物を見たと思った。その顔はじっと外を眺めていた。白い顔が浮かんでいるようで気味が悪かった。すると、乗客のひそひそ話が耳に入った。

「みんな行ってしもたじゃ」

「そうじゃな」

 電車の扉が閉まり、ゆっくりと走り出した。それでもそこにいた人は、誰もその事を気にしていなかった。電車はすーと走って、いつの間にか見えなくなっていた。間もなくもやもやした所から別の電車がやって来た。

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