第16話 SIDE:井道智一(兄)
…………愚昧からメールが届く。
━━━━
御兄様、暑さも益々増して厳しい夏をお過ごしかと存じますが、如何お過ごしでしょうか? 御兄様なら多少溶けて失くなった方が体にも良い様に思いますが、無理はなさらないで下さいね? 徐々に溶かせばきっと細く逞しい体に成れるかと存じます。
さて、この度メールを送らせて頂いたのは、他でもありません。
私、この度原点回帰致しますれば、御兄様に、是非作って欲しい服が御座いまして、幼少の頃の様な服に縫い付ける錘付きの服を作っては頂けないでしょうか? より良いお返事をお待ちしております。 晶
PS 黒の忍者服はお持ちではないですか?
━━━━━
「……………………………」
何だろう。 お願いする立場からのメールではない気がする。
しかし、錘付きねぇ。
アイツはあれ以上鍛えて何になるつもりなんだろうな?
化物かな? 怪獣的な?
そんなもんを俺が手伝ったなんて世間にバレたら商売あがったりだな。
よし。 錘付きは諦めてもらおう。
だったら、何か別の物を贈る必要があるな、何が良いか……。
……忍者服?
忍者服か。
しかも黒限定。
在庫、あったっけ?
半年前に作った黒竜の鱗で作った地下足袋で大分消費しちゃったからな。
俺は商売道具を置いてる部屋の倉庫を確認する。
俺の商売は錬金術を用いて作る裁縫師だ。 これでもソコソコ売れている。 竜系の鱗を魔力と魔結晶を混ぜた研磨剤で、糸を作り出しそれを織って布を作り、デパート等で受注生産する事で生計を立てている。
他にも鞄とか財布とか細々した物を作ってはネットショップで売りさばいてる。
まぁ、運動不足で太ってしまうのが玉に瑕だが、それなりに楽しく生きてイケてるので、良いと思う。
倉庫を調べると一応少しだけ鱗が見つかった。
最近は誰も深層に行かないのか入荷が少ないというか、皆無に等しい。
まぁ、愚昧は背も低いからイケるか? しかし、これだと一着分しか作れ無い。
一応変えも二着くらいは欲しいところだが、最近の探索者に知り合いが居ないのが問題か。
他で頼むとなると……。
引退者に頼むしかないか?
祖父に頼むか、父に頼むか悩みどころではある。
何方に頼んでも良いが、何方か一方だと拗ねるし面倒なんだよな。
両方だと先ず間違いなく喧嘩になるし……。
まぁ、今回は晶の頼みだと言えば大丈夫かな?
取り敢えず、同時にメールを送ればいっか。
そう思った俺は、祖父と父に同時に送る。 何方が遅くても争いになるんだ。 本当に面倒な爺共だよ。
メールを送ってすぐに返って来たのはやはり、同時だった。
似た者同士仲良くすれば良いのに。
同族嫌悪ってやつなのかねぇ?
孫娘好き爺馬鹿vs娘好き親馬鹿
果たしてどっちが勝つのか……。
単純的な強さなら祖父だが、父は父で敵に回すと厄介だから、引き分けって感じかねぇ。母も巻き込めば父に采配が傾くが。 糸森の爺を混ぜれば、祖父が勝ちそうだし。
まぁ、最終兵器愚昧が出撃したら、圧勝で愚昧なんだろうけど……。
てか、なんの勝負だこれ。
馬鹿な想像してないで、さっさとメール読んで返信しないと。
んー。 一応OKの返事を両方から貰った訳だが……。
なんで俺も一緒なんだよ。
俺は戦えねーよ。爺共!
面倒臭いが、可愛い愚昧の為だ……、仕方ない……一皮脱ごうじゃないか!
そう思い、面倒臭そうに体を起こすと、装備の仕舞ってある部屋へと向かうのだった。
待ち合わせ場所に装備を整えて向かった俺だったが、先に祖父も父も居た……が、何でお互い別の方向を向いて壁を見てんの? 何かあんの? 化石とか? コンクリだから化石はないか。
じゃあなんだ? 染みか? それともコンクリに使った砂の粒でも数えてんのか? 暇なのかな?
──取り敢えず声をかけるか……。
「お待たせー」
そう声をかけたが、両方共に壁を見ながら手を上げただけだった。
そんなに集中する程楽しいのか? 砂粒数え……。
「はぁ……爺ちゃんも父さんも、顔こっちに向けて挨拶くらいしなよ? これから深層に行くんだよ? しかも俺は戦闘向きじゃないんだからね? 中層で死んじゃうよ? 分かってるよね?」
俺がそう声をかけると、漸く二人は顔をこちらに向けた。 そうするとお互いの顔を合わせる事になり、喧嘩でも始まるかと心配になったが、別の反応を示す。
「始めまして、
そう言って挨拶をする父と、それを聞いて一瞬苦い顔をしたが、直に真面目な顔になると、爺ちゃんも挨拶し返す。
「これはこれは、ご丁寧に痛み入ります。 ご紹介が遅れまして申し訳ありません。
そう言って頭を下げる。
──クソ面倒クセェ!
さっさと黒竜退治に行きたいところだけど、流石にこの人数ではちと分が悪いので、如何しようかと思っていたが、爺ちゃんの知り合いに宛があるというので、任せていた。
「……んで? 爺ちゃんの伝という方達は何処に?」
「ああ、今から話をしに行くんだが、旧市街でな? バスに乗らないかんが、そのバスがまだ来てない」
「話を通してないのかよ……」
「昨日の今日で話が出来る程、暇な方たちじゃないんでな」
そう言うと旧市街地行きのバス停に並ぶ。
旧市街というのは30年ほど昔、地上の土地が高騰し過ぎて一般人が誰も買えなくなり、一時的にダンジョンに街を作り住み始めた場所である。
そのダンジョンは今でも食料プラントとして、多くの農業関係者や水産関係者が住んでいるし、家賃が安い為に駆け出しの探索者なども多く住んでいる場所だ。
「ああ、もしかしてとは思いますが、五六人ジャーの映画を配給してる会社ではございませんか?」
「おお、知っていましたか。 流石は晶のお父上様で御座いますな! ええ、彼らは映画を作る会社を営んでおりますが、探索者としても優秀な方々でしてね? 今回の深層討伐には欠かせない存在なので御座いますよ」
「ははは、勿論存じておりますとも。 私はこれでもギルド職員でありますからね、彼らの力を借りる時もあると思い、今でも密に連絡を取り合う仲で御座います! いやぁ、流石は晶の祖父をしているだけありますな! 彼等と知り合いとは!」
「「はっはっはっは」」
一見和やかに見える二人だが、目が笑ってない上に笑いが乾いていて、智一は一人引き攣っていた。
──本当にクソ面倒くせぇ!
これから狭いバスの中へ二人を連れて乗らなきゃイケないと思うと、嫌気がさして、既に帰りたくなってきた智一であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます