第12話 毎週火曜はスライム湧き湧き祭り①
結局何も買えずにデパートを後にした私達は、少し早いけどお昼にしようという話になった。
「ダンジョン一階層で屋台でも廻りますか?」
「それでもいいけど、去年俺の爺ちゃんが始めたタコ焼き屋に行かないか?」
「タコ焼きですか? そうですね……最近食べてないので良いですよ」
先輩の連れていってくれた店は私の幼馴染で2歳下の幸子ちゃんの居る店によく似ていたが、似たような店の造りは何処も似てるのだと思い、特に気にせずタコ焼きを食べて、午後からは暑い陽射しから逃げる為にダンジョン一階層のいつものベンチで食休みをしている。
「なにか飲むか?」という先輩に断りを入れ、お腹を擦りながら
「もう何も入る気がしません……」
「そ、そうか、随分食ってたもんな」
半ば呆れて私の横に座り、私がお腹を撫でる手を見てた。
「いや、美味しすぎましたし。 先々週も幼馴染の家でお好み焼きを食べたのですが、それに匹敵する程の美味さでした」
「お、幼馴染? え、何時? 俺それ知らない……」
「そりゃ、知ってたら怖いですよ。どこのストーカーですか。 私の幼馴染は2歳下の幸子ちゃんていう女の子です」
「そ、その子にお兄さんが居る、……だろ?」
「お兄様ですか? うーん。 知らないですね……会った事すら無いから居ないんじゃないですか?」
「そ、そうか……」
「それに、お兄様が居たとして、幼い時分の時なら一緒に遊んでる筈ですよ? それなのに覚えてないって事は、居ないって事じゃないですか?」
────しかして実際は、幼い妹に付き添って、常に一緒に居た秀雄は、晶と遊ぶ幸子の横に居た。
ゴム飛びをしてた時も、おままごとをしてた時も一緒に居たのだが、ゴム飛びをしてる時は、片方のゴムを樹木に結び、その片方を秀雄が持ってるだけ。
おままごとの時は、風で
そしてそんな付属品的で備品的な秀雄を意識すらしていなかった晶が覚えていなくても、仕方の無い話だった。
しかしそんな認識をされていた事など知らない秀雄は、少なからず落ち込み俯いて黙り込んでしまうが、腹が苦しい晶には分からない。
そこへ、BGM宜しくペッタンペッタンと小気味良いリズムを奏でながら、ペッタンおじさんが通り過ぎて行く。
「あ、ペッタンおじさんだ、なんか久しぶりだなぁ……暫く見てなかった気がする」
それを聞いた秀雄はようやく顔をあげて、ペッタンおじさんを眺める。
「お前夏休みに入ってから何時もこのベンチに座ってたんだろ? 覚えてないわけ無いだろう? それとも鶏頭なのか?」
そう言って晶の頭を撫でる。
その手を払い除けると、怒った顔を向けながら秀雄を睨む晶。
「そんなわけ無いじゃないですか! 私はコレでも常識人ですよ?」
「その割には記憶力が散漫じゃないか」
「そんな事無いです! 私は祖父のスパルタ式常識クイズをも乗り越えた逸材ですよ? 私以上に常識的な人類は存在してるか如何かも怪しいくらいなんですよ!」
「何だよそのスパルタ式常識クイズって……ネーミングから可笑しいだろ……」
「あれ……知らないですか? 結構有名だと思ってましたけど……今でも似たようなやり方で警察官達にも教えてる筈ですよ?」
「はぁ? 警官に?」
秀雄はそんな事してたかな?っと、記憶にある道場で鍛錬している探索者上りの警官達に、剣術を教えてる晶の祖父で、井道正一爺さんの事を思い出してみた。
だが、そんな記憶は無い。
自分も偶に道場へ行って、鍛錬に混ぜて貰っているので変な事をしていたら直ぐに分かるし、記憶にも残る筈だ。 しかしやってる鍛錬にはそんなクイズめいた事をしてる事は一度も無い。
晶の記憶違いじゃないかと疑い指摘する。
「夢でも見て、それを現実だとでも思ってるだけじゃね?」
「そんな訳ないでしょ⁉ 信じないなら良いですよ、もう!」
すっかり拗ねてしまった晶を宥め、どんな事をしてたのか聞いてみる事にした秀雄に、じゃあ実践で!といって口角をあげる晶に、そこはかとなく嫌な気配を感じ取った秀雄だったが、クイズなのだから、大丈夫だろうと思って了承した。
────だがしかし。
それを後悔する事に成るのは、始まって直ぐの事であった。
「じゃあ、始めますね。 じゃ先輩自己紹介してみてください」
「自己紹介?」
「そうです、自己紹介です。さ、始めて下さい!」
何が何だか分からないが、やれと言われれば素直に従う秀雄は簡易的にだが、自己紹介を始めた。
「えっと、俺の名前は糸盛秀雄 高2」
これで良いか?と言う前に、晶の斬撃が頬を掠めて飛んで来た。
「うぉぉおおっ⁉ あ、危ねーだろ⁉ 何しゃがんだ! この野郎!」
──つーか、斬撃飛ばせんのかよコイツ! ありえねーだろ⁉
剣術には飛ぶ斬撃という技が存在していて、それを放てる探索者も少なくない人数で存在しては居る。
しかし、学生の中では居ない。
それに、鋭く振り抜き
それを短刀風木刀でやられれば、誰でも驚く事だろう。
「「ちっ!があああぁうっ!」」
まるで遠吠えする犬の様に叫んだ晶に、周りに居る人々までもが注目する。
文句を言う秀雄の言葉を掻き消す様に、飛んで行った斬撃はベンチの後ろにある壁にぶつかり激しい音を響かせて霧散。
その音に驚いて秀雄も振り返り、ダンジョン製の壁を見れば、小さな刀傷が付いていた。
ダンジョンの壁という物は傷付ける事は出来ないと言われていたにも拘わらず、小さくても傷を付けた晶の斬撃に顔色を青くする。
もう一度やれ!と言う晶に逆らえず、姿勢を正し今度はちゃんと自己紹介を始めた秀雄だったが、何度もダメ出しをくらい、飛んでくる斬撃を必死の形相で避ける秀雄。
壁には幾つもの傷が付けられ、そこに居合わせた家族連れやら屋台の主人達は、巻き添えになりたくなくて散り散りに成りながら逃げて行く。
一瞬で阿鼻叫喚に成った一階層は、半ばパニック状態に陥っていく。
何度も言い直しを強要され、産まれて初めて受ける斬撃を避けるのに全ての力を使い過ぎた秀雄は、掠れ声で言い直した言葉を最後に、力尽きて遂に膝を付き、座り込む。
そこへ容赦無く飛んでくる斬撃を観た人々は、少年の死を予感して目を伏せる。
しかし、いくら待っても少年の断末魔も斬撃が逸れて壁に当たった音さえも無く、不思議に思った人々から順に目を開けると、恐ろしい斬撃を放ち続ける少女の前に、ペッタンおじさんが立っていた。
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