第8話 精神が疲れてる時は寝た方が良いらしい



 「……何言ってんだ井道?」


 そう言うと、私の横にドスンと座り直し、男の様な声で話し出す先輩。


 ──え。……あれ?


 ちゃんとよく顔を見れば、いつも通りの厳つい顔が見える。

 赤い生地に向日葵を横から見て描いた様な変な絵柄のミニワンピかと思った服は、ただの大きなアロハシャツに、白い短パンの様なズボンを履いていた。


 「大丈夫か? お前。 丁寧な言葉で心を折りに来るような言動じゃなくて安心したけどよ」


 ──錯覚と幻聴が一緒に私を襲ったのか? 確かに幻覚を見た後だったけど……。


 もう一度先輩をマジマジと見てみるが、おかしな所はくらいしか見当たらなかった。


 ──なんでダンジョンに半袖短パンで来てるんだこの人……頭可笑しいのかな? スライムしか居ないとはいえ、一度ひとたび服のなかにスライムが入り混んだら、麻痺毒打たれて生きながら痛みも感じられずに食べられてた事例だってあるのに……。


 そう思って可哀想な子でも見てる様な目で見てしまった。


 「何だよ……そんな目で見んなよ。 この服か? 暑いから仕方無いだろ? 中層にも今日は行かないし、一階層で涼もうと思ってても、最低限の防具はして来てるぞ?」


 そう言って無造作に横から見た向日葵を描いた変な柄のアロハシャツを捲くる。


 確かに鎖帷子くさりかたびらを着ているのが分かる。


 スライム避けでも塗ってあるのか、表面は少し黒ずんでいる。


 「な? 流石に鎖帷子だけじゃ通報されっからよ。 デカイアロハ着てみたんだよ似合うだろ?」


 「はぁ……ソウデスネ。 私には理解不能な絵柄ですけど先輩にはよくお似合いですよ。 所で何か御用ですか? ベンチは他にも御座いますよ? 暑いから涼みに来たのではないのですか?」


 「可愛い後輩が見た事のない表情をしてたから、どんな気分なのか聞いてみたかっただけだよ。 他意は無い」


 ──他意しかないの間違いでは?


 そう思ったが言わないでおく。 面倒くさいからだ。


 この人の名は糸盛いともり秀雄ひでお中学時代からの先輩だ。


 私が入学して1年過ぎるまでは、校内一の体力を誇っていたが、私が二年に上がった時、抜いてやった。


 そりゃあもう、あっさりとサックリと気持ち良いくらいに。


 その時から目の敵というか、よく絡まれる様になり、高校入ったらこの先輩も居て驚いたものだ。


 しかし先輩は私を更に驚かせようとでも思っていたのか、Ꮲ-5のギルドカード持ちなばかりか、メインスキルに忍術を持ち、サブに忍者で勝組街道を突き進んでいた。


 中学の時は忍者しかない癖に、私と勝負を張れる程の体力を鍛え上げていた努力家でもある。


 私の様にスキルに体力向上でも無い限り、体力は上がり辛いにも拘わらずそれに付いてきて、私と何度も勝ち負けを競い合った人なのだ。

 その直向ひたむきに努力する姿勢は好感が持てたし、尊敬もしている。 


 ただし、体力向上持ちは幾ら鍛えても、モッコモコと筋肉は肥大しないのに対し、別スキル持ちが過剰に鍛えると岩石でも削って身体に貼り付けてんのか?ってくらい筋肉が肥大する。


 なので、この人はムッキムキだったりする。

 好きな人には堪らない一品らしいが、私には良く分からない美的感覚だ。


 その先輩が私を心配……はしてないのか。 まぁ、気になった程度でも気に掛けてくれた事には感謝する。


 実際頭が可笑しくなり掛けてるんじゃないかと思えてきてたし、こういう時は如何するのが正解なのかも分からなかったしね。


 聞ける相手が居ると言うのは良い物だ。


 「は? 幻覚を見る? てか、見た? 今か? さっきから? 何だよ……全然大丈夫じゃないじゃねーかよ。 言えよ最初から。 ほら、歩けるか? 肩貸そうか? 電車乗って家まで送るから今日は自転車置いて帰れよ」


 そう言うと秀雄先輩は、私に対して使ったことの無い言葉使いで私をいたわり、家まで送ってくれると言い出した。


 「先輩……変な物でも飲んだんですか? 駄目ですよ、処方箋で貰う以外の薬に手を出したら……」


 「飲んでネーし、手も出さねーよ、素直に人の好意は受け取っとけよ?」


 「いやースイマセン。 他人ひととあんまり関わって無いもんで」


 そう言うとむっちゃくちゃ同情の篭った眼差しで見られ、何故か頭を撫でられる。


 「すまん、ボッチに他人ひとの好意なんて理解不能だったよな……良かったな井道。 お前、生まれて初めて成長したんじゃないか? 新しい知識を得て」


 ──何だろうか。 そこはかとなく苛つくんだが……。


 それに……。


 「私はボッチではないですよ? 孤高の孤独を選んだ、男よりも漢っぽいな女です」


 「あー、無いもんな。 でっぱり」


 時折ふらつくのか、手を借りて階段などを降りていたが、思わず我を忘れて短剣を抜き、クビに刃を当てていた。


 「ちょ……はやっ⁉ てかスマンて!冗談だよ! 冗談!」


 正直、自分でもビックリするくらい無意識だった。


 「先輩……良かっですね。 私が殺しに慣れてたら今頃、首チョンパされてますよ?」


 「……ああ、本当にそうな。 お前明日からナイフ持つの止めて木刀持てよ。 (他人が)危ないから。 ナイフ形の木刀あるだろ? 無いならあげるし。な? そうしろマジで」


 「え。 いや今病んでるだけなので安定すれば問題ないですよ?」

 「大アリだろが、寧ろ問題しかねーよ。 精神弱いんだろ? これからもっと苦しい事あるんだからよ」

 「いえ、本当に大丈夫ですこんな事初めての経験ですし?」

 「初体験なら尚悪いだろ? 同じ事は続くんだっていい加減認めろって」

 


 私が幾ら言っても言う事を聞かないのに痺れを切らしたのか、突然変な提案をしてきた。


 「あ~分かった。 もう良い。 お前明日から俺と付き合え」

 「……はぁ?」

 「ダンジョンはソロで潜ってるんだろ? そこに俺を入れてパーティ組め」


 ──そっちか。 ビックリした。


 「何、突然……言ってんすか?」


 「後輩を放っておいた俺も悪かった。 こんなに病むとは思ってなかった。 よし、決まり! 朝迎えに行くから勝手に家出るなよ?」


「いや、了承してないんですが?」


 「先輩命令……いや、先輩特権だな」


 ──なんだよ特権て……。





 こうして私はなし崩し的に約束させられ、先輩と暫く共に活動する事になった。


 その日の夜、寝る前に身体に塩を振り撒いてみたが、お祓い出来たかは分からない。


 ──厄日って続くのかな……。


 



 


 


 

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