第7話 濃い一日というのは目に来るらしい



 夏休み四日目。

 そう、まだ四日目である。

 8月にすら成ってない今日は7月23日なのである。

 普通だったら朝から次の日の朝まで起きていようと疲れなど来ない程に元気一杯の16歳の筈なのに、今日に限って何故か矢鱈と精神疲労が半端ない。


 午前中にダンジョン一階層へと無事?に辿り着いたのは良かったのだが、疲れが出たのかベンチに座って眠り掛けた。


 体力馬鹿とはいえ、メンタルは人並みの様で……少しメンタルの方を鍛えねば成らん様だ。

 ──自分の脆い部分が可視化された事には、感謝しよう。 だが! あの不審者警官には二度と会いたくない。

 気持ち悪いし、気持ち悪いし、気持ち悪いし?


 なんだか語彙力すらダメージを受けてしまったのか、気持ち悪いとしか言葉が出て来ない。


 ここは癒やしを求めるべきだと判断した私は、屋台に並ぶリンゴ飴を1個買って舐める。


 ──兄上様、感謝致します。


 援助してくれた優しい兄に手を合わせて祈ると、リンゴ飴を舐めながら次なる癒やしを求めてベンチから立ち上がり、安定剤たるペッタンおじさんを探す。


 近くには居なかったので、ゲートボールを楽しむ老人にペッタンおじさんを見掛けたか聞いてみた。

 もし見掛けていたら場所も聞こうと思っていたのだが、見掛けてないばかりか、意識して見た事すら無いと言われた。


 ──他の場所を探してみようか……。


 等と考えていると、話し掛けた御老人が何故かニタニタと気持ちの悪い顔で私を見ている事に気が付いた。


 何だろうと思って見返すと、

 「お嬢ちゃん、枯れ専かい? 最近良くベンチに座ってるよね? 知ってるよ〜? あんなスライムしか叩いてない爺ぃより、俺の方がイケてると思わない? お嬢ちゃんさえ良かったら……もぉっと仲良くしても良いんだぜぇ?」等と言い出した。


 ──何だ? 呆けてるのか? ロリコンなのか? っていうか、スライム転がしてるだけの爺なのに、何処からそんな自信が出てくるんだろう……。


 取り敢えず気持ち悪いのでガン無視して足早に去る。


 ──今日は厄日なのだろうか……。


 気持ちの悪い老人に見られてると思うと鳥肌がヤバくなってきたので、二度とベンチには座らない!と、決意した後、他を探そうと色々歩いてみたものの、全くペッタンおじさんは見当たらなかった。


 普段だったら直ぐに視界に入って小気味良くペッタンペッタンと音を鳴らして、スライムを倒してる姿が目に入るのに、今日に限って何処にも見当たらないのだ。


 普段と言ってもここ三日間の間だけではあるが……。


 夏休み前は授業でダンジョンに潜る為、一階層は通り過ぎるだけだし、授業終了後は疲れてしまって真っ直ぐ家に帰っていた。


 部活? 入ってません。

 って言うより、家の門限18時なんで部活は入れません。 寧ろ、学校の決まりで部活に入って良いのは二年生からなんですよ。


 養成学校の部活って、全部ダンジョン探索関連なんですよね。

 授業が終わると普通に20時まで潜って、21時には部活も終わるんですが、22時までには必ず帰宅しろとか言われるんですよ?


 家が遠い人も中途半端な距離の人もチャリ通学ですよ?

 部活動員は電車通学禁止って意味わかりませんよね?


 この謎ルールのお陰で競輪選手並に走って帰るんで、スピード違反で捕まってる先輩ばっかりなんですよ、うちの学校。


 そんな部活なんて幾ら中学で体力馬鹿と言われていた私だって無理です。

 考えただけでワクワクはしますけど、現状ついていけません!


 授業で潜って、部活で潜ってなんてやってたら普通に倒れますよ? 一年生は特に。


 体力馬鹿と言われた私ですらキツイんですよ? 同じ一学年で私よりも体力のある人なんて、数人ですよ。


 女子の中でじゃないですからね?

 男女合わせてです。


 伊達に中学1年生の頃からリュックに30キロの砂袋背負って、門限ギリギリまで走ってませんよ。


 そんな私ですらレベルの上がった先輩達にはついていけないんです!


 まぁ、二年生になって門限が22時になってくれるなら入りたいとは思ってますけど……。


 家の門限が18時なのには理由がありましてね?


 父母私の三人が揃うのが1日の内で16時〜遅くても19時までなんですよ。


 母は夜勤専門で遅くても19時には家を出ますし、父も母が出掛けた後直ぐに寝るんです。

 父の起きる時間が夜中の2時で、2時半には出勤する為に家を出ますし、帰ってくるのが13時くらいになるんです。 で、母は遅くても朝7時には寝ますので、父と母は仲良くお昼ご飯を食べられるんですが、私が学校のある日は会えません。


 一日でも私に会えないと、父も母もとても面倒臭い大人になるんで、極力それを避ける為には、17時くらいか半過ぎくらいには、部屋に居てたいんです。

 閑話休題。



 ──って、よく考えたらペッタンおじさんだって、狩りを休む日もあるか……。


 夏休みに入ってから毎日ダンジョンに来てるとはいえ、今日を入れても四日目。


 七日間で統計を出した訳でもないのにペッタンおじさんの普段を語ったら駄目だよね。


 一人納得して、最近見掛けたペッタンおじさんの居た場所まで向かう。


 別にペッタンおじさんの面影を追って行く訳じゃないよ?


 何となくです、何となく。

 所で枯れ専て何ですかね?

 あんまり話し続けたくなかったのでとっとと去りましたけど……。

 まぁ、どうせ碌でも無い事でしょう。 気にするだけ無駄ですね。


 そう思ったら頭を切り替えて、真剣にペッタンおじさんの痕跡を探す。


 ……。

 ………。

 …………あれ?


 何だろう。 急性難聴?

 いや、例え難聴でもポーション呑めば治るから、違うか?

 さっきから『ぺぺペペペペぺぺっ!』って音がするんだけど、何処から聞こえてきてるのか分からない。


 耳を澄ませて音のする方向へと進むと、そこには高速でスライムを叩いて歩むペッタンおじさんらしき人物がいた。


 音はまるでBGMの様に絶え間なく聴こえるのに、姿が現れたり消えたりするって事はペッタンおじさんが高速で動き続けていて、残像しか見えてないって事だろう。


 それにスライムも普段見ないってくらい数が多い気がするが、増える先から消えていくので、見た感じは普段通りの量に思える。


 ただ……。


 一瞬で青い絨毯が拡がり、一瞬で消えていくので、普段通りに見えてるだけかも知れない。


 やがてスライムの湧くスピードが徐々に落ち始めると、ペッタンおじさんの姿も普段通りに近ずいてきた気がした。


 しかし、その姿はやはり残像の様に消えては写りを繰り返してる。


 ただ、BGMの様な『ぺぺぺぺぺぺ』と言う音は、僅かばかり遅くなった気がした。


 暫く眺めていたが、突然ペッタンおじさんは何も無い空間をドアの様に開けると、中へと入って消えていった。


 「……はっ⁉」


 私は何度か目を擦り、同じ場所を見た。 勿論確認する為に消えた場所にも手を翳し、ドアの様なものが無いか調べもした。 しかし、その結果何も無い空間には何も無かった。

 壁でも有るのかとも思ったが、腕は空間を彷徨っただけだった。


 「夢? 幻? 白昼夢?」


 ──どうやら今日はもう帰った方が良さそうだ……。疲れていたんだと呟くが、体力的には全く元気な自分がそこに居る。 例え精神を病んでいたとして、白昼夢など見るものなのか?


 それとも、やはり恋をしてしまって、幻覚まで見てしまう程、私はペッタンおじさんを欲していたのか? そうでなければ、幻なんて見る筈がない……。


 見たままの事実を素直に受け入れられない私は、何もかも無かった事にしたかった。


 しかし、そうすると恋い焦がれた結果幻を見た事になるのでは無いかと思い悩む事になった。


 愛だ恋だなどというのは病気みたいな物だと思っていたし、自分には関係無い感情と思っていたが……、よりによってあんなお爺さんを? 私が……。


 ──恋というのはこんなにもなんの感情も湧かないでできる事何だろうか? 母に聞いた話とは全く違うではないか。


 じゃあ、何故あんな幻覚を見たのか?


 ──分からない、分からない……。



 私は気が付くと何時ものベンチの横に立っていた。


 なんの感情も抱けないまま、ベンチに座り、深呼吸を整えていく。


 さっき見たのが現実なのか幻なのかは一応置いといて、冷静になろうと努めた。


 そこは見知った顔によく似た女性がやった来て、『隣良いですか?』 と聞いてきたので、寒気がしたが頷いておく。 これ以上厄介事を抱えるキャパシティは私には無かったからだ。


 隣に座ったやけに肩幅のある女性は特に何も話し掛けて来ないので、何となく苛ついた私は


 「……何か用っすか、秀雄先輩? それから声、メタ糞気持ち悪いんで裏声使うの辞めて貰っていっすか? 本当に本当に、めっちゃ気持ち悪いんで、息もしないで貰っていっすか?」


 何て普段人前では使わない口調で捲し立てていた。

 


 

 

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