第6話 一途と不審者は紙一重



 朝ムックで買ったハッシュポテトをモグモグしながら渋谷ダンジョンへと向かう道すがら、知らない人に呼び止められる。


 「よぉ、井道。 今から出勤か?」


 そう言って手を上げるのは少し疲れた顔の男。


 「……どちら様ですか?」


 まったく見覚えが無いので、警戒した私は警棒の柄に手を掛けながら油断無く返す。


 「何だよ、忘れたのか?」


 そう言うと、鞄の中から帽子を出して被る。


 「……あー、不し……警察官さん。 ご帰宅ですか? お疲れ様でした。では、さようなら」


 と、とっとと通り過ぎようとしたが、ハンドルに手を掛けられ強制的に止められる。


 「まてまて、ちょっと聞きたい事あんだよ」

 「私にはありませんけど?」

 「知らない仲じゃねーだろ? 少し付き合えよ」


 ──いや、知らないよ。 名前すら知らない単なる一警察官に過ぎない奴と知り合いになった憶えはないよ。


 一方的に名前を知られてるだけなのに、さもお友達みたいに接してくる不審者に嫌悪感を憶えたが、取り敢えず話だけでも聞いてやろうと、自転車のペダルに脚を掛け、一番力の入る姿勢を取る。


 「今朝方お前ん家に電話したんだが、ちゃんと怒られたか?」


 ──非常識な時間帯に電話を掛けてきたのは貴様か! 不審者め! これだから探索者あがりは嫌なんだ。 ダンジョンに常識を置いて引退してんじゃねーよっ! ちゃんと拾って来い!


 と、悪態を心の中だけで吐き出すと落ち込んだ振りをしながら頷く。

 それを見て満足したのか何度か頷いていたので、話は終わりかと思っていたが、終わってなかった。


 「お前のかーちゃんて看護師やってるだろ? 声に聞き覚えがあるんだよ、俺もお世話になったからな! 何か聞いてないか?」


 「……? 特に何も?」


 「そっかそっか、まぁいーや。 流石にこっちも勤務中だし、気を使ってくれたんだな! 流石!」


 何が流石なのか分からないが、私の母の事を知っている口振りだが、電話に出たのは私である。 まぁ、言わんけど。


 「所で晶、お前の家って兄貴が外に住んでるって事は、女しか住んでないだろ? 不安じゃないか? 不安だよな?」


 ──何故いきなり下の名で呼び出したんだコイツ……。


 下の名で呼ばれた瞬間、全身に鳥肌がゾワッと粟立った。


 「……何が言いたいんですか?」


 何時でも抜ける様に警棒を握る手に力を込める。

 居合抜きの要領で振り抜けば、木製の警棒だったとしても、薄皮くらいは切れる。

 目でも狙えば失明くらいはさせられるだろう。

 幸いこの不審者は私の方を見ていない。

 何故か明後日の方を向きながら言葉を紡いでいるし、若干照れてるのか顔が赤いし、気持ち悪いくらい挙動不審だった。


 例え探索者あがりの警察官だったとしても、今の油断しきった感じなら私でも隙をついて一撃くらいなら入れられるだろう。


 そう思って気取られない様に、何時でも動ける様にしていると、意を決した様に私の方を見ていう。


 「ほ、本官が見廻りを買って出て君達を守ってやる事も出来るんだが? お母さんにそう伝えて置いてくれないか?」


 ──ストーカー宣言しやがった! お巡りサーン! コイツです!


 っと、一瞬だけ周りに目を廻すが、生憎と周りには警官らしき物体は居なかった。

 私の肌は鳥肌で覆われ、若干蕁麻疹も出てるのか、少し痒い。


 「いえ! 結構です!」

 そう言って拒絶する。

 不審者に家の周りを徘徊されてたら誰だって不安になるだろ? だから、断ったのに尚も食い付こうと何か言葉を言い掛けた不審者に向かって、私はコイツが何か言う前に言葉を繋げる。

 なるべく大声で、他の通行人に聞こえる様に言い放つ。


「それに! 家は父もちゃんと居ますからっ! 問題ありません!」


 結構、力いっぱい叫んだ事で目を瞑ってしまった私は、不審者から視線を外していた事に気付いて、直に不審者を見上げる。 しかし、不審者は鳩が口を開いた瞬間、豆鉄砲を喉奥に撃ち込まれた様な顔をして、突っ立てるのが目に写る。


 「え……だ、旦那……居るの? え、でも……お祖父様は居ないって……え?」


 「祖父と知り合いなんですか? ……ああ、そう言えば、警官の指南役のバイトがどうとかって言ってましたっけね」



 何時だったか母に父との馴れ初めを聞いたことがあった。


 母の父である祖父は昔、剣術道場を開いており、祖父の道場に通う門下生の一人に父も居たそうだ。


 父は当時探索者で、スキルに剣術もあった事から筋も良く、祖父も父を気に入り厳しく指南してたそうだ。


 祖父のひとり娘だった母は、スキルがヒーラーだった事から看護師を目指し、看護学校に通いながら稽古で傷付く父の傷をヒールを使って癒やし、見返りに注射の練習をさせてくれと頼んで居たんだそうな。


 その内に二人は恋に落ちて付き合う様になり、父は母にプロポーズをしたんだとか。


 当然普通に結婚すると母は家を出て名字も変わる筈だった。


 それに反対したのが祖父だ。


 スキルもあって筋が良いのでしごいていた弟子ではあるが、所詮は他人。

 いつかは道場から出ていってしまう。

 ならば、孫を産める娘に男の子が授かったら、その子を後継者にしようと企んでいた矢先、両方手放す事になる事が、許せなかったのだろう。


 両方手放したく無い祖父は、父に婿養子になってくれるならと、許し結婚。


 祖父は父を育て、いつかは自分の道場を継がせる夢を抱き始めていたのだが、結婚と同時に父は探索者を引退し、より安定した給料を求めてギルド職員になった。


 人手不足でブラックなギルド職員は多忙で、いつしか道場にも顔を出さなくなった父を祖父は許せず、一時期は母共々父と絶縁したらしい。


 寡黙だった祖父は、父に道場を継いでくれとは一言も言わなかったそうだし、そんな祖父を見て父は道場を継がせる気が無いのだと思い、探索者で成り上がる夢を捨てたらしい。


 暫く会わなかった間に兄が産まれたが、母も祖父には知らせなかった。


 私は何故教えなかったのか聞いた。すると母は、「口があるんだから言いたいことがあるなら口で言えば良いだけでしょ? 私が態々取り持つ必要はないと思ったし、面倒くさいし? 出来れば旦那さんには安全な場所で働いてほしかったから言わなかったのよ」


 そう言って笑った。


 私が産まれて5歳になる頃に、漸く和解したらしいのだが、その時初めて後継者たる男子が居た事を知った祖父は、当然兄に剣術を教えたがった。

 しかし兄は既に17歳で、大学進学を決意していた為、兄を道場の後継者と目論む事も叶わず、そのショックといも手伝って、呆気なく道場を畳み、すっかり枯れ果てた老人となったそうだ。


 しかし、私が小学校へとあがり探索者を目指していると聞くと、再び復活して剣術を私に教え始めたが、すでに道場は無かったし、体力向上にしか私の目が向かわなかった為に、頓挫。


 しかし一度再燃した気持ちは中々消せず、私の代わりに教える相手を探してる時に、祖父の道場で門下生をしていた人達の多くが警察に居て、その伝を頼って剣術を教え始めたと聴いたのが二三年前。


 他人と接触する機会が増えた事で寡黙だった祖父は、饒舌になったのか


 『ワシに娘は居るが旦那は居ない!』と、事あるごとに話してるそうだ。


 たまたま入院した時に出会った母が、祖父の娘だと知ったこの男は、祖父の話を鵜呑みにしてしまい、口説くチャンスがやって来たと勘違いしたと……言う事か?


 ──しかし、可笑しいなぁ?

 この話は門下生なら誰でも知ってる話だと思ってたけど……。


 母は看護学校に通っていた時から、門下生達に人気で、モテていたらしく父と付き合い始めた当初は、そりゃあもう恨まれて妬まれて散々稽古でもボッコボコにされたとかで、その縁が今でも続いてるって言ってたから、警察官とも知り合いが多いとかって聞いていたけど……。


 ……真面目か? この探索者上がりの癖に真面目なのか? いや、真面目な奴なら補導しただけの娘に母を口説く手助けをさせるか? ……させないよなぁ?


 ──恋に一途な奴と不審者は、紙一重なんだろうなぁ……。


 取り敢えず放心状態になった不審者警察官をその場に置いたまま、私はダンジョンへと急いだ。


 ──明日からは家を出る時から気配を断って、電車で通う事にするか……。


 


 

 


 

 


 



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