第5話 哀しき男の性なのか
ゆっくりと階段を上がってくる兄を後にして、私は自分の部屋で待ち受ける。
兄的には急いで来たような顔を覗かせているが、私的にはメールのやり取りを数回送り合うくらいには待った気がする。
何故か額から汗を流してる兄に椅子に座るように促す。
「喉乾いた、茶をくれ」
階段を登っただけで息を切らし、茶を要求されたので水筒からカップに注いで出してやる。
「粗水です」
「なんだよ粗水て……まぁいいや」
勢い良く水を一気飲みすると、一息ついたのかの様に溜息を吐き出し、もう一杯寄越せと無言でカップを差し出す。 それに無言で注いでやると、
「お前、補導されたのを隠す為だけに俺の住所を書くの止めろよ」
なんの脈絡も無く本題から話し出す兄。
「それだけを言うために態々此方へ来たのですか?」
「違う!」
と、否定したあと説明し始めた兄の話を纏めると、深夜に彼女を連れて自宅に戻って来たら警官が居て、兄に職質。 で、妹は此処には住んでいない事を説明し、実家の電話番号と住所を伝えたところ、その場で警官が実家に電話したが、音がしない事が判明し警官共々兄も一緒に実家に来たらしい。
その間彼女は兄の部屋でお留守番して貰おうとしたが、今日は帰ると言ってタクシー乗って帰ったと。
──ほうほう、つまり玄関開けたら2秒で
「で? 余計な金を支払う事になったんだからタクシー代を寄越せと?」
「高校生の妹にそんな金せびらねーよ! 電話のモジュール外す真似すんな! 心配するだろうが!」
──何だそっちか。
学校がバレていたので、名前から調べられたら嘘がバレると思った私は、警察から電話されて親に知られるのを恐れ、用心兼ねて帰宅後に電話線を外したままだった事を思いだした。
「母さん達を心配させんな! いいな?」
ここは素直に返事してとっとと帰宅してもらう為に素直に頷いておく。
「……やけに素直だな、本当にわかってんのか?」
「当然です、お兄様。 心を入れ替えて精進して行きます」
半信半疑だが、一応納得した兄はモジュールをちゃんとつけ直すのを目視で確認した後、玄関口へと向かう。
「ああ、お兄様。 御迷惑を掛けたお詫びにとても良い情報をお教えしましょう」
「……なんだ?」
「お兄様の自称彼女様は、六本木のとある御店のスィーツにとてもお熱で目が無いそうですよ?」
「っな! なんで知って……じゃない! じ、自称じゃねーしっ! てか、とある店ってどこだよ! 教えるなら全部いいやがれ!」
──飽く迄も彼女と言い張り、デリヘル嬢だと認めない兄。 哀れみの目で見ないように気を遣いながら話す出来たの妹の私。
「実はお兄様の可愛い妹御である私は、お小遣いを切られておりまして金欠で御座います。 朝早く出掛けようとしてるのも、なるべく早くダンジョンに潜り、この金欠を少しでも補おうとしてるだけ……。 それを解決するには一つ、お兄様の暖かい御支援が必要で御座いましてね?」
そう言うと苦虫を噛み潰した様な顔をしながらも、財布に入っていた全てのお札(千円札五枚)を私に差し出してきた。
「有難うございます御兄様、しかし二枚はお返しいたします」
そう言って、千円札二枚とデリヘル嬢から貰っただろう名刺を挟んで返す。
兄が玄関に入った瞬間、スリ取った財布に入っていたのが、この名刺だった。 そこに書かれていたメールアドレスに連絡し、兄のつかの間の幸せに少しでも還元したいから協力して欲しいと申し上げたところ、快くこれを了承して下さいまして、自分の好きな食べ物などを教えて下さった。 序に、次回は割引もしてくださるそうだ。
「おう、わりーな」
自分の金なのに少し戻ってきた事が嬉しかったのか何故かお礼を言う憐れな兄。
そして残りの情報を教えるとスキップしながら自宅へと帰る兄の背中を見送って居ると、既に午前5時になっていた。
「こんな時間にダンジョン行っても団体さんで一杯だろうし、今日は少しゆっくり支度しようかな……」
私は兄から巻き上げた軍資金を自分の財布に仕舞いながら呟く。
これで今月分の小遣いは補えたので、焦る必要も無い。
母親が夜勤から帰ってくる少し前に家を出れば鉢合わせする事も無いだろうと思い、装備していたリュックに、武器と2本のナイフが吊るしてある革ベルトを外す。
珈琲でも淹れようとダイニングへ続くドアを開けると、家の電話が鳴り響く。
──非常識な時間に掛けてくる馬鹿野郎は誰やろうだ!
っと、電話に出てみれば。
『もしもし? 渋谷警察ですが、井道晶さんのご自宅で間違いありませんか?』
咄嗟に母親の声色を使って答える。
「はい、井道晶は娘ですが……あの、娘が何か……?」
電話の内容は、昨日私を補導した事と、早すぎる時間帯に出掛けないように注意躍起する事を親御さんからも言っておいてくださいと言う内容だった。
『娘にはキツく言い含めておきます。 お手数おかけしまして申し訳ありませんでした、はい、はい、それでは失礼いたします!』
と、壁に向かって頭を下げて電話を切った直後に玄関が開き、何時もより少し早く母親が帰ってきた。
「ただいま! 何か変わったことあった?」
「おかえりー何も無いよー」
「そう? はぁ、疲れたー。あ、珈琲入れるの? なら、私のも宜しく〜」
「んー。」
──危ない所だった。
私は冷や汗を悟られ無い様に抜くうと、自分と母親の珈琲をいれる。
母親の方にはミルク多め蜂蜜も多めにいれる。
この後風呂に入って寝るだろうから、なるべくぐっすり寝てもらう為に愛情を込めて珈琲を作る。
「はい」
「さんきゅ〜。 おっ! 分かってるね〜♪」
母親は甘党である。
一口飲めば分かる程度に蜂蜜は入れたが、私の優しさも伝わったらしい。
「あんた今日もダンジョン行くの?」
「行くよー」
「そう、気を付けるのよ?」
「分かってるって、それに人間観察するだけだから怪我はしないよ」
そう言って珈琲をなるべく早く飲み干す為に氷を入れて冷ましたあと一気飲み。
小言が始まる前に出掛ける準備をする。
「あ、まだ話は終ってな……ったく、遅くならない様にねー?」
「はーい、行ってきまーす」
あくびを噛み殺しながら手を振る母に挨拶して、私は家を出るのであった。
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