第2話 今日も今日とて人間観察
夏休みに入って2日目、今日もここ渋谷ダンジョンには多くの探索者が朝も早くからやって来る。
歴戦の戦士の様な風貌の者達からピカピカの革鎧を着込んだ仮免許探索者達が、目を輝かせて二階層へと続く階段へと消えていく。
屋台で露店を開いてる人達は、自分の店を開く準備をしていたり、既に仕込んで来た物を売ってたり、それを買う為に並ぶ数名の探索者がまだかまだかと急かしてたりと、毎度おなじみの朝の風景だ。
そんな探索者達が減ってきてお昼前になると、朝の支度を終わらせた子供連れがやって来る。
親子で一緒にスライムを重ねて積み木代わりにしていたり、子供そっちのけでママ友同士でお喋りしていたり、露店の香りに引き付けられて、指を咥えてジトっとした目で店の主人を見ている子供が居たり、買ってもらおうと裾を引っ張るのに蝿を払うかの様に手で追い払ったり、何がそんなに楽しいのかゲートボールをしに、毎日訪れる老人達と、人間観察してるだけの私がベンチに座っている。
今の季節は夏で、学生は全員夏休みで、熱い陽射しから身を守る為にエアコンの付いた部屋で休むか、お金を払って茶店で休むか、お金の無い私の様に、ダンジョンで暇を弄ぶかしかない。
ダンジョンの中は夏も冬も一定の温度と湿度があるので、過ごし易い。
それでも夕方が近付けば皆帰る。
泊まるのは下層に潜れる高ランクくらいだ。
昔あった事故で、ダンジョンに寝泊まりするのは危険だと知っているからなんだろう。
園児でも倒せるくらい弱いスライムだけど、一階層でさえ寝泊まりするのは危険なのだ。
昔……私が生まれる前の話だけれど、一人の浮浪者が泥酔したままベンチで寝てしまい、翌朝白骨死体で見つかった事があった。
その人は身寄りもなく、名前も誰も知らないけれど、よく露店の廃棄物を漁って食べたりしてた人。
この時代、意外とそういう人は少なくない。
普段はダンジョンの外で寝てたみたいだけど、たまたまお金が入ったのか、その日は酔い潰れる程呑んだらしく、ダンジョン一階層のベンチで眠ってしまったのだろう。
誰も居ないと此処はスライムで一杯になるらしく、寝てる間にスライムに食われたらしい。
そんな事件があってから、例え此処でお酒を呑んでも、お酒に飲まれ無い程度に控えるそうだ。
そうすれば、ほろ酔い程度でうちに帰れるし、そのまま寝れるのだと知らない老人が話してくれた事がある。
──いや、一応ダンジョンなんだから呑むなよ!とは、突っ込まない。
突っ込んだところで無駄だからだ。
そもそも露店で売ってるんだから呆れもする。
私がお酒を呑めないからそう思うのか、それは分からないけれど……。
その老人の話で思い出した事がある。
その当時にも既にペッタンおじさんは存在していて、その浮浪者が寝いてたのを知っていて放っておいたんじゃないか?と、疑われ。 人道的に反するだとか、鬼畜の所業等と責められた事があったそうだ。
でも、ペッタンおじさんはその時間には居ないと弁明したそうだ。
では何処に住んでるんだと問われても、答えなかったらしく、結局疑いは晴れなかったらしい。
猜疑心が疑心を呼び込み、誰も彼もがペッタンおじさんを避ける様になり、近くに居たらスライムを投げ付けられたり罵声を浴びせられたりしてたらしい。
流石に暴力沙汰にはならなかったらしいけど……ひどい話だと思う。
それでもペッタンおじさんは、周りの反応等気にする事なくペッタンペッタンとスライムを狩り続けていたそうだ。
──メンタル鬼レベルか。
だけどよくよく考えてみれば、皆夜は家に帰るのだし、その人の家を態々聞いても、教える人が居るのだろうか?
名も知らぬ人に聞かれて素直に教える人が居るなら、その人は平和ボケしてるか、危機管理の無いおかしな人だろと思うんだけど。
なぜ24時間ペッタンおじさんが居ると思ったのだろう?
ペッタンおじさんだって、生きてるんだし何処かで必ず寝てる筈だ。
それなのに責められるのは、違うだろう?
寧ろ、先にペッタンおじさんを鬼畜だ何だと言った人が怪しいのではないだろうか?
まぁ、20数年前の話らしいし、今更答えなど出て来ないけど、何となく私はペッタンおじさんに同情してしまった。
なので、……という訳じゃないが。
私はペッタンおじさんを目で追うように成っていた。
……しかし人間観察してるだけで、こんなにも早く一日が過ぎるとはなぁ……。
早く夢を探さなきゃいけない身としては、このままダラダラとしてたら夏休みが終わってしまうんじゃないかと焦るばかりだ。
何か無いか何か無いかと悩んだ所で何も無いから、このまま帰るんだけど……。
ふと振り返った時に目に止まったのはペッタンおじさんの後ろ姿だった。
ペッタンおじさんは朝とか昼間はだいたい人が集まる所でペッタンペッタンしているけど、皆が帰る頃には姿を見せなくなる。
まぁ、渋谷ダンジョンは出入り口が沢山ある訳だから、何処かの出入り口から外に出て、家に帰ってるんだろうけどね。
誰も確かめた事も無いから知らないんだけど……。
「はぁ〜ぁ……家に帰ったらまた言われるんだろうなぁ……探索者に成れないなら勉強しろって」
やだなぁ……帰りたくないなぁ……って、思っていても此処で寝たら死ぬし、外で寝てても一応私も女の子だから色んな意味で死んでしまうし。
結局家に帰ることしか出来ないんだけどね。
━━こうして私の夏休み二日目は、あっさりなんの進展を見せずに過ぎていくのだった。
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