第146話 宮中パーティー⑫

 闇の執行官ヘリックスは実に堂々とした足取りでダンスフロアに現れる。


 その両隣には亡者の処刑人が二体。主を守るかのように立っている。


「ほお、これはこれは、皆さんお揃いで。今日は私めをこのような盛大なパーティーにお誘い下さりまことに感謝いたします」


 ヘリックスの挑発ともいえる口調に、皇室騎士団団長にして第三皇子のウィリアム・カルルクは答える。


「貴様を誘った覚えはない。招待状もないのによくもまあ。旧エフタルの闇の執行官というのはこうも無作法が過ぎるとはな」


 ウィリアムの周囲には黒い甲冑の騎士が巨大な剣を手にし、主の命令を待っているようだ。

 そう、ダンスフロアにいたマスター級の魔法使い達が召喚した亡者の処刑人である。


「ふふ、それにしては随分と歓迎されているようではないか。亡者の処刑人がざっと十体はいるな。

 なるほど。カルルクの魔法使いにも極大魔法の使い手が随分と増えて何よりだ」


 オリビア学園に魔法学科が創設されて数十年。

 カルルク帝国の魔法使いのレベルは遥かに上がった。エフタル王国がまだ健在だったころとは雲泥の差といえるだろう。


 亡者の処刑人は中級魔法以下の魔法全てを無効化する。

 そして恐るべき自己治癒能力で瞬時に再生する無敵の騎士だ。

 唯一の弱点は首を刎ねること。


 ヘリックスには二体、それに対してカルルク帝国側には十体だ。

 戦いは喫したかに思える。

 だがヘリックスの態度はみじんも変わらない。


「それにしても、良いのですか? 亡者の処刑人を密集させて、私を誰だと思っているのですか。

 エフタル王国闇の執行官、歴代最強と言われたこのヘリックスを前に無防備が過ぎますね……。

 ――極大火炎魔法、最終戦争、序章第三幕、『選別の炎』!」


 呪文を唱え終えるとヘリックスの突き出した右手の先に魔力が収束する。


 その魔法をよく理解している皇帝は身を乗り出し叫ぶ。


「ウィリアム! 退避だ! 皆の物マジックシールドを全力で、処刑人! 防御陣形をとれ!」


「ほほう、いい判断です。亡者の処刑人の魔法防御力にマジックシールドの重ね掛け。いいでしょう。私もこの実験に付き合うとしましょうか」


 ヘリックスはそう言うと、指先を亡者の処刑人に向ける。

 その瞬間、ヘリックスの指先から、青白く輝く一直線の細い閃光が放たれた。


 極大火炎魔法『選別の炎』は疑似ドラゴンブレスとも言われ、超高熱の閃光を放つ魔法。

 効果範囲は狭いが、その光の線に触れた物は耐魔法レンガであろうとも溶けたバターの様に切り裂くことができるのだ。


 光の線はダンスフロアの内壁を突き抜け、宮殿の外壁の耐魔法レンガを一瞬で蒸発させ。大爆発を起こす。


 ダンスフロア内には煙が立ち込める。


「ふふ、なるほど、いまいち使い勝手の悪い魔法ではありますが、局所的な威力は極大魔法の中でも最強と言ったところでしょうか」


 貴族側が召喚した亡者の処刑人は全て消滅。

 そしてマジックシールドを全力で使ったためダンスフロアにいた皆は、魔力枯渇寸前の状態だ。

 一気に形勢逆転してしまった。

 だが皇帝の指示でマジックシールドに守られた貴族達は全員無事だった。

 もっとも極大魔法の直撃を喰らったら終わりではあるが。


「さて、あとはゆっくりとゴミ処理をするとしましょう。

 ヘイズ様の時間稼ぎが本来の任務ではありますので……、しかし、遅いですね。

 たしかカルルクにはまだ切り札と言える戦力があったはず。おい、そこの皇子。ウィリアムといったか。まずは生贄にお前を殺してやろうか、処刑人! やれ!」


 爆音と共に立ち込める煙のなか、ウィリアムはいち早く状況を理解し剣を構える。


 命令を受けた亡者の処刑人の一体はその巨大な剣でウィリアムの首を落とそうと斬撃を応酬する。


 一対一、さすがウィリアムであった。彼は最年少のパラディンの称号を得てもなお、剣の鍛錬を怠らなかった。

 亡者の処刑人を前に攻勢にでる。


「なるほど、貴様は確か騎士団長だったな、失礼した。剣の腕は確かなようだ、では二体一ではどうかな?」


 待機していたもう一体の処刑人も戦いに参加する。

 徐々に劣勢になるウィリアム。それでも良く戦っている。


「しかし、ウィリアム殿下よ、貴殿には部下はいないのですか? 見る限り騎士らしき人間は貴方しかおりませんが……」


 余裕の態度のヘリックスはウィリアムの返答を待つために処刑人の動きを止める。

 息を切らすウィリアムは深く深呼吸をしながら、ヘリックスに答える。


「……ふ、いるよ、今もしっかり帝国の民を守っている。お前等は魔物を出すんだよな。部下たちは全て住民の警護に回したさ」


「ほほう、懸命なご判断。では、敬意を評して貴方には殉職してもらいましょう。喜びなさい、貴方は英雄になるでしょう。……もっとも帝国が続いていればですがね」


 再び、二体の亡者の処刑人はウィリアムを追い詰め、今まさに最後の一撃を浴びせようとした。



 …………。



「モガミ流忍術・表、二刀流『剣舞』!」


 その声と共に、ダンスフロアに舞い降りたメイドは両手に独特の反りの入った二振りの剣を持ち、まるでダンスを踊るかのように宙を舞う。

 そして繰り出される連撃は、一撃で亡者の処刑人の剣を弾き、二撃目で鎧を粉砕、そして最後の一撃で首を刎ねる。


 一瞬にして二体の亡者の処刑人は跡形もなく消え去った。


「ふぅ、間一髪でしたね。遅れて申し訳ありません。外にブラッドラプトルが数体いたものですから、処理に少し時間がかかってしまいました」


 はらりとメイド服をなびかせながら、そのメイドは涼しげな表情でウィリアムに話しかけた。


「え、ええ。相変わらずお変わりないようで……。そ、祖母がお世話になっております」


 ウィリアムは彼女の強さを良く知っていたが、改めて実戦を見ると言葉を失う。



 対するヘリックスは一瞬たじろぐも冷静に状況を確認すると言葉を発する。


「ふふ、ついに化け物の登場ですか……」


「化け物とは失礼な。私はただのメイドのセバスティアーナですよ。では、大人しくお縄に着くか、それともこの場で死にますか?」

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