第145話 宮中パーティー⑪

 闇の執行官ヘリックスはダンスパーティーの会場を外から眺めていた。


「ふむ、なつかしい。……だが、栄光あるエフタル王国はもっと華やかであった。

 もっとも民衆たちはそれに比例して貧困であったがな。


 だが実に惜しい。カルルク帝国は歴代でもっともバランスがいいと言えるだろう。まあ、それも後の歴史の評価は分からない。

 今の皇帝も息子も優秀だという、だが、その次はどうか。

 やがてエルタル王国最後の王のような愚か者が帝位を継ぐやもしれん」


 ヘリックスはかつて自分が所属していたエフタル王国について思いを馳せる。

 そう、かつてのエフタル王国も建国当初は優秀な王のもと、魔物を退ける防御壁が築かれ人々に安住の地を与えたそうだ。


「おっと、いけませんね。ではそろそろ仕事を始めますか」


 ヘリックスが魔法を唱えようとするも、正面から現れた使用人の格好をした一人の男により止められる。


「ヘリックスよ、作戦変更だ。お前は直接宮殿へ襲撃せよ」


「ふむ、ヘイズ様、……というと。ついに見つけたのですね」


「うむ、好都合だ。ルシウスの残滓はダンスフロアにはおらん。今は宮殿の内部にいる。そうだな、ヘリックス、お前にはダンスフロアの貴族共の相手をしてもらおう。

 その隙に俺が内部へ進入する。

 隠密作戦は変更、ふ、お前の望み通り、ダンスフロアで好きに暴れよ。だが侮るなよ! それでもカルルクの貴族が集まっているのだからな」


「ふふ、ご心配なく。こちらとて好都合です。かねてより思っておりました。カルルクの魔法使いとエフタルの魔法使い、どちらが強いかここで決着が付くというものです」


「ふ、ヘリックス。ならばよし。では餞別をやろう。これをお前の指揮下にあずける、好きにつかえ――極大死霊魔法、最終戦争、第二章、第三幕『亡者の処刑人』!」


 黒い甲冑に身を包んだ騎士が出現する。

 巨大な剣の切っ先を地面に下ろし、命令を待つ。


「おお、ありがたき幸せ。……ではヘイズ様ご武運を」


 ヘイズは亡者の処刑人をヘリックスにたくすと、その瞬間に姿を消した。

 グレーターテレポーテーション、彼は最近まで宮殿の使用人となり内部の構造を熟知していたのだ。


「しかし、護衛騎士が一人ではいささか心もとありませんか。ここは万全を期して、――極大死霊魔法、最終戦争、第二章、第三幕『亡者の処刑人』!


 ヘリックスももう一体の処刑人を召喚する。


「ふふふ、これで準備万端といったところでしょう、では、いきますよ」


 …………。


 宮殿の扉が爆音と共に炎をあげる。

 その音はダンスフロアに広まる。


 皇帝は溜息をつくも覚悟を決めていたように声をもらす。


「……はあ、母上のおっしゃる通りでした、まったく。しかし、よりによってまさかここを狙うとは」


 皇帝は席を立ちダンスフロア全体に響く声で命を下す。


「諸侯たちよ。どうやら賊はカルルク帝国の転覆を狙っているようだ。

 この場にいる者たちにはすまないことをした。母上、いや先帝からはいくつか進言を受けていたが無能な私は何も対策を取ることができなかった。

 賊は旧エフタル王国の残党、闇の執行官だそうだ。つまりは魔法使い。

 ……で、貴殿らに相談なんだがな、ここに戦える魔法使いは何人いる?」


 そう、この場にいるのはほとんどがカルルク帝国の貴族である。

 つまりほとんどが魔法使い、支持の厚い現皇帝の言葉に湧き上がるのは当然の帰結であった。


「陛下なにをおっしゃるのやら。ではダンスの第二幕といったところですね。面白い、賊を迎え撃ちましょう!」


「おお!」


 ダンスフロアにいた者達は老若男女問わず冷静さを取り戻し場は一気に盛り上がる。


 ◆◆◆


 ニコラスは休憩室にある使用達の共用クローゼットをあさる。出てくるのは外出用の防寒コートや雨具ばかり。


「くそ、こんなところに下着なんてあるわけないか。かといってメイドたちの部屋に無断で進入するのもな、それこそ下着泥棒みたいじゃないか……」


 休憩室には使用人は一人もいなかった。

 そう、今はパーティーの真っ最中だ、それに年末ということもあって里帰りをしている者達もいる。ここで休んでいる人間はいないだろう。


「おや、殿下。何かお探しですかな?」


 そう思ったニコラスに声を掛ける中年の男性、見ない顔だが服装からこの宮殿の使用人には違いない。


「これは失礼した、実は連れの下着を汚してしまってな。替えがないか探しに来たのです」


 ニコラスは誤解のある発言をしてしまう。

 これはルーシーが汗っかきであると。周りから身体的特徴を揶揄されないようにとの気遣いではあるが。


「ほほう。しかし、殿下は独身でまだお若い、そう言う事もあるでしょう。ですがダンスパーティーの日にご婦人に手をだすのは、あまり良い事ではありませんな」


 ニコラスは自分の発言の誤解に気付くと顔を真っ赤にして答える。


「ち、ちがう。誤解がある。そう、水をこぼしてしまったんだ。今は俺の部屋にいてもらってる、何もしてない」


「分かりました。では、いくつか新品がございますので、失礼ながらそのお嬢様の特徴。いえ、サイズを伺ってもよろしいですかな?」


 ニコラスは使用人の物品がしまわれている倉庫に案内される。


「そうだな、ルーシーはたしか最近太ったと言っていたし、ドレスも手直ししたっけ。確か……」


 その使用人はニコラスの言葉でやや声のトーンを上げる。


「ほほう、その御相手はルーシーとおっしゃるのですね。そして今は殿下のお部屋にいると。それは結構」


「……ああ、このことは秘密だぞ」


「もちろんでございます。……ところで、殿下。ハヴォックの呪いは随分と耐えたそうじゃないですか。

 あの卑劣漢でも、あの魔法は大したものだと思っておりましたが……。

 はたして、私の術は耐えることが出来ますかな?」


 声色が変わる使用人。


 その瞬間、ニコラスは意識を失ってしまった。

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