第143話 宮中パーティー⑨
黒いローブを着た男は一人、建物の屋上で街を眺めている。
彼は旧エフタル王国の闇の執行官フードラム。ホーカムと共にカルルクに流れ着いた生き残りの一人だ。
「ふふ、ホプライト。無事にヘイズ様の宝具を使いこなしましたね。ここもやがて魂無き魔物に蹂躙されることでしょう。
でもそれではあまりにも哀れ、俺はね、人の死にざまは華々しくあるべきだと思うのですよ。
ならば、盛大に火葬をするべきですかねぇ。そうすれば無駄に死ぬ命にも価値はあります。
そうだ、かの戯曲によると、かつて人類が醜く争い合い、やがて最終戦争への引き金となったエピソードがありましたね。
今では美しくも最強の魔法の序章。この街の住人たちに愛を込めてプレゼントしましょう。
――極大火炎魔法、最終戦争、序章第一幕、『流星……』」
「まったー!」
グレーターテレポーテーションにより一気に至近距離に出現するイレーナ。
彼女の突然の剣の刺突にフードラムは呪文を強制破棄し、大きく体をそらし間一髪で回避する。そしてすぐに後方へ退避し体勢を整える。
「ち、極大魔法の中でも最も美しいとされる『流星群』の発動を邪魔するとは、魔法使いの風上にも置けませんね。
しかし中々にいいタイミングでしたよ。もう少し遅れていれば、発動の余波に巻き込まれて貴女も無事ではすまなかったでしょう。
貴女の魔法に対する知識と勇気に称賛致しましょう」
余裕な態度のローブの男を前にイレーナも姿勢を正す。
「まあね、私はこれでも魔法学科助教授で魔法戦士のイレーナよ。あんた、街のど真ん中に『流星群』を使おうとした。言い訳不可能の犯罪よ。大量虐殺未遂の現行犯で逮捕します」
「なるほど、それは正しい。正義の行動ですね。だが俺は闇の執行官フードラム。あなた程度で逮捕できるとは思えませんがねぇ」
「そうかしら、私だって結構腕に自信があるんだけど?」
イレーナは再び剣を正面に構える。
その切っ先は真っすぐに敵に向けられていた。
「フォトンアロー!」
中級魔法フォトンアロー。それは最も速度の速い攻撃魔法、殺傷力は低いが対人戦においては有効な魔法である。
だが、高速で放たれる光の矢はフードラムの正面で消え去る。
今度はフードラムが同じ魔法を放ったがこれもイレーナの正面で消え去った。
マスター級の魔法使い同士の戦いはどちらが先に敵のマジックシールドを破るか、あるいは先に魔力が尽きるかで決まる。
お互いの必殺の魔法はマジックシールドの張り合いで無効。
だがイレーナは魔法戦士だ、他にも攻撃手段がある。
「ならば、接近戦で決める!」
イレーナは細身の剣で果敢に接近戦をいどむ。
だが、フードラムは強かった。巧みに身をかわしながらローブに隠した短剣を抜く。
一般に使用するナイフよりも一回り大きな戦闘用の短剣だった。
それにフードラムの身のこなしは熟練の戦士に匹敵する。イレーナの剣を受け止めると素早い身のこなしで刺突や斬撃を繰り返す。
紙一重で攻撃を交わすと、再び距離を取るイレーナ。
相手を侮っていた。魔法使い相手なら自分は優位に立ち回れると思っていたのだ。
「ち、お前も魔法戦士だったか」
「そうだな、言われてみれば俺もそう呼ばれてもいいのだろうな。
かつて偉大な魔法使いは言った、魔法使いは無防備であると。
圧倒的な強さをほこる極大魔法の使い手とて、接近戦においてはただの平民にも負ける可能性がある。かつての同僚たちはそんな俺を馬鹿にしておったがな。
それに案外、剣の道も悪くない。お前もその類だな? では、互いにマジックシールドを張り合いながら、正々堂々と剣の戦いに興じようではないか」
マジックシールドは魔法だけではなく物理攻撃も防ぐことが出来る万能の防御魔法だ。
だが、互いのマジックシールドがぶつかるとお互いに干渉し合い、二人の外周を囲う大きな一つのシールドとなる。
もちろんこれは欠点ではない、複数人の魔法使いが同時にマジックシールドを張ることで建物を囲えるほどの大きなシールドを作ることもできるのだ。
だが魔法使いが想定していない状況、つまり接近戦となった場合、互いのマジックシールドが触れ合う距離がお互いの間合いということである。
ジリジリと互いに距離を詰める。
次の瞬間、マジックシールドが触れ合う。
「はぁー!」
タンッ! と勢いよく地面を蹴るイレーナは一気に間合いを詰める。
素早い刺突の一撃。イレーナの身軽さを生かした最大の攻撃だ。
だが、イレーナの渾身の一撃は彼の短剣にからめとられ、そして刀身の中ごろから折れてしまった。
「ちぃ! こんな時に折れるなんて、ついてない。メンテナンスはしてたはずなのに!」
そう、イレーナの細身の剣は強度においては他の剣よりも折れるリスクは高かった。
だから彼女は毎日メンテナンスは欠かさなかったのだが。
「ふ、いや、実に良い剣だと思ったよ。だがこのソードブレーカーはご存じなかったかな? もう少し接近戦についての勉強をするべきだったな。
まあ魔法使いにしては良くやっている方だが……」
イレーナはフードラムの持っている短剣に今さらだが気付いた。
そう、彼の短剣は峰の部分に櫛状の凹凸がある、それに剣をかませられ折られてしまったのだ。
イレーナは再び繰り出される斬撃を紙一重で交わすも、今度は剣がないため数発ほど喰らってしまう。
なんとか距離を取るイレーナ。傷は浅い、静かに回復魔法を唱える。
フードラムは追撃を止めて余裕の態度でイレーナに提案をする。
「ふふ、こんなに嬉しいことはありません。魔法使いの俺が貴女ほどの剣の使い手に一歩先んじることができた。
どうですか? 貴女も同じく魔法使いの脆弱さを改善しようとした同志ではないですか。
教師などやめて我らの仲間になると言うなら貴女を殺さないで差し上げるのですが?」
「……へぇ、同志ってのは気に入らないけど、魔法使いの脆弱性については同感。
私も剣の腕は限界だと思ってたのよ。でもあんた、生かして置いたら多くの人を殺すでしょ?」
「……もちろん。しかし、解せませんね、貴女は俺に負けたのです。大人しく命乞いでもされたら?」
「それがねえ、実は魔法使いの脆弱性について考えているのは私だけじゃないのよ」
「何を言ってるんですか、この状況。貴女に勝ち目など、――ッ!」
パシン! と、風を切り裂く音とともにフードラムの剣は手から叩き落とされた。
イレーナは腰に隠していた鞭を取り出し、フードラムの手に一撃を浴びせたのだ。
そして器用に鞭を操り、予測の取れない打撃を繰り返しあびせた。
フードラムは回避行動をとることもできずにその場にうずくまる。
「どうかしら? 教え子であるニコラス殿下は前々から魔法使いの戦いに鞭は有効的だと考えられていたわ。
……あら、気絶している? やりすぎちゃったか。たしかに、殺すほどの威力は無いけど痛みで絶叫どころじゃないわね。
……しかし殿下はどこで鞭の有効性を知ったのかしら……」
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