第142話 宮中パーティー⑧

 宮殿内、ニコラスの部屋にて。

 ルーシーはドレスを脱ぎソフィアの手伝いでコルセットの紐をほどく。


 きつく締めあげていたコルセットを脱ぐと、ルーシーはその解放感と共に、二度とこんなものを着るものかと思うのだった。


「うーむ。汗でびしょびしょだ。それに、これをまた着なおすのは正直嫌だぞ!」


「そうですわね。ルーシーさん、汗っかきでしたわね。コルセットがびしょびしょになっていますわ。……でも代わりの下着がありませんし、さすがに下着なしはいろいろと問題が……」


「ふふふ、ルーシーさん。ならばここはモガミ流に任せるべき」


「え?」


 セシリアもドレスを脱ぎだす。

 シュルシュルと衣擦れの音の間にゴトン! と、何か硬い物が床を叩く音が聞こえる。


 彼女の特注のドレスの中からは大小様々なナイフが出てきたのだ。


「セシリアさん。うそでしょ? 武器を持ってるってのは知ってましたが、まさかこんなに……」


「ふふふ、これがモガミ流。母上ならもっと上手く隠す。

 さあ、ルーシーさん、さらしを巻きましょう。これを半分にすればルーシーさんの分が作れるから」


 さらしと呼ばれるセシリアの下着はかなり変わっていた。

 どうやら彼女の母方の故郷では女性は細長い布を下着として着用するようだ。


 セシリアはシュルシュルと胸元の布を解きだす。


 だがルーシーはそれを全力で拒否する。

 他人の付けている下着を付けなおすのはさすがに遠慮したいし、それに他にも理由がある。


「ちょっと待った! それはさすがにない。それにさらしを半分にしたら強度不足でセシリアさんの爆弾が弾けちゃう」


 ルーシーとしては親友の隠しているご立派なものがダンスの途中で暴発してしまうのを恐れた。


 キャンプでの水風呂の時も、海水浴の時も、そして、この間のお風呂でも見たが同性としてもその破壊力は高いと思ったのだ。


 セシリアの提案を断ると、ルーシーは半裸の状態でドアに近寄る。


「殿下ー、聞こえてますかー? あのー、私の下着がびしょびしょですので出来れば代わりのを持ってきてください。えっと私のサイズは分かりますよね?」


 意味深なセリフだ、周りに誤解を与え兼ねないそのセリフに、ニコラスの顔はみるみる真っ赤になる。


「あ、ああ。メイドに聞いてみる。あと、寒いだろうから俺のクローゼットから適当に着てくれて構わない。アベル、ゴードン。すまんこの場は任せた」


 真っ赤になりながらも使用人の休憩室へ走るニコラスであった。


「……なあ、ゴードン。俺ら、ここにいなくてもいいんじゃないか?」


「まったく同感だよ。まあ、モブの俺達だって見張りにはなるんじゃないか? そうだ、見張りと言えば今日はいつにも増して城内の人員、特に衛兵がすくないよな」


「ああ、それはな、衛兵たちも今日は非番だとか先帝陛下の計らいだって聞いたぜ。

 でも実際は違う、おそらく市街の警備を強化するって意図があるとは思うんだけどな。ほら、例の事件の犯人は今日事を起こす確率が高いって言ってただろ?」


「……なるほどね、おかげで殿下はお嬢様のお使いで下着探しか……笑えないけど、案外お似合いじゃないかな、ははは」


「笑ってるじゃないか。まあ、ニコラス殿下にはお似合いだと思うよ。あと一押しって感じだけどな」


 …………。


 ルーシーとしては とりあえず裸で待つのもあれだし、ニコラスに言われるままにクローゼットから彼のシャツを取り出す。

 流石は皇子様の服、しわひとつない。かなりサイズが大きいが遠慮なく着ることにした。


 セシリアは自分の提案が受け入れられなかったのか少しふくれっ面であったが、ルーシーのぶかぶかなワイシャツ姿に思わず声を上げる。


「おお! これがモガミ流奥義『彼氏ワイシャツ』! 初めて見た。これには男はイチコロ、でも残念、殿下は今はいない。ち、段取りが悪いやつだ」


「セシリアさん、さっきから変な言葉を多用してますけど、モガミ流っていったいなんなのですか? 私ぜんぜん理解が追いつきませんの」


「ふふ、ソフィアさん。実は私も母上から聞きかじっただけだから詳しくは知らない。

 でも知ってる範囲で言えば、モガミ流のニンジャー、特に女性だけがなれるクノイチにはエッチな術が多いらしい。

 他にも色々あるみたい。『温泉の術』とか『ヨトギの術』とか。名前は知ってるけど母上もそこまで詳しくはないの。


 でもクノイチの術のバリエーションが男性よりも豊富なのはモガミ流の始祖、ユーギ・モガミ様が女性だったことに由来する。

 残念ながら私は一度もモガミの里には行ったことがない。来年の夏季休暇には一度顔を出すつもり……」


 そう、セシリアは半年前まで母親とぎくしゃくしていた。

 誤解が溶けて今は仲良しの親子に戻ったので、来年こそは里帰りをするのだろう。


「そっか、セシリアさんのお母様のご実家かー、私も行ってみたいかなー。でもお父様との約束で夏季休暇はグプタに帰らないといけないし」


「ふふ、ルーシーさんも自分のご実家を大切にするべき。卒業したらいつか一緒に行きましょう。とりあえずは殿下とルーシーパパとのバトルが当面の問題」


「もう、その話ばっかり。まだ正式にお付き合いするわけでもないし……うーん。でも、そうなるのかなぁ。私、恋とかよく分からないし……」


 ルーシーはそう言うが、ニコラスのことは嫌いではなかった。

 むしろ好意的に思い始めている。彼は優しいしダンスは楽しかった。ならばこれは恋なのかもしれない。


 ――その直後、遠くから地響きと共に大きな爆音が聞こえた。

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