第139話 宮中パーティー⑤

「ふえー、疲れちゃったよー」


 ルーシーは、ニコラスとのダンスを楽しんだ。

 練習の時はそれほど楽しくなかったが、本物の音楽に合わせて、幻想的なダンスフロアを踊り回るのはとても楽しかったのだ。


 すこし休憩と、ニコラスとルーシーはダンスホールの隅にあるフードコーナーに訪れる。


 そこにはリリアナとアイザックがいた。


「うふふ、ニコラス殿下にルーシーさん、とっても素敵でした。練習の賜物ですね」


「うん、リリアナさんのおかげでちゃんと踊れたよ、ダンスって楽しいね。ごめんなさい、私ずっと文句ばっかり言ってた気がする」


「いいえ、ルーシーさん。ダンスの楽しさを知ってくれたなら、私も教えた甲斐がありました」


 そう、今回の最大の功労者はリリアナだろう、冬休みの間、彼女は毎日ルーシーにダンスの基礎を教え込んでいたのだ。


 リリアナだって予定はあったはずの貴重な休日を……。

 ルーシーは隣に立っているアイザックに向くと深々と頭を下げる。


「その、アイザック君、お休みの間ずっとリリアナさんを独占してごめんなさい。そのお二人は……」


「いや、ルーシーさん、御礼を言うのは僕の方だ、おかげでリリアナの名声が上がったんだよ。

 殿下とそのフィアンセのダンス講師としてね、社交界ではリリアナは一目置かれている。小さなことだけど、僕達にとってはとてもいい方向に動いているよ。

 おっと、食事に来たんだったね。それじゃ僕らも次の曲を踊るとしようか、リリアナ先生?」


「まったく、ザックまで私をからかうつもり? ではダンスの先生として評価してあげましょうか? うふふ」


 リリアナとアイザックはダンスホールに消えていった。


「よーし、食べるぞー」  


「ルーシーさん、警告。ドカ食いは駄目、絶対」


「むー、セシリアさん、私に食べるなと言うつもり?」


「うふふ、ルーシーさん。セシリアさんが言いたいのは、あれですわ。コルセットを締めていますから、お腹いっぱい食べると苦しいですよって言いたいのですわ」


 そう、大人用のドレスは下着にコルセットを着用しているのだ。


 今にして思えば、ルーシーが謎のプレッシャーを受けたのもこのコルセットのせいかもしれない。

 普段は着た事が無い窮屈な下着は彼女にとって相当なストレスを与えていたのだ。


「むむむ、たしかに。というか、これは窮屈だ、今すぐ外したい」


「駄目ですわ、美と暴食は相反するものなのです。コルセットの利点はだらしないお腹でも綺麗に補正してくれるのです。

 それに窮屈さは普段の食生活の反動ですわ」


「ぐぬぬ、確かに最近は少し食べ過ぎた気がする……、でも美と暴食は両立したいぞ。

 殿下はどうですか? だらしないお腹の私をどう思いますか?」


「あはは、それは男性としてはノーコメントで……」


 ルーシーは、ウエストを締め付けるコルセットの紐をほどこうとドレスの上から手をもぞもぞさせる。


「ルーシーさん、それを外すと見た目が悪くなりますわ。社交界は見た目が全てです。ウエストのラインを強化するのは必須ですわ」


 ソフィアはルーシーのコルセットをきつめに縛っていた、良かれとはいえ、少しやりすぎであった。


 やはりルーシーにはお腹いっぱい食べてもらいたい。

 ルーシーは食べてこそのルーシーなのだ。


「ぐぬぬ、私はお腹が空いた。そうだ、パートナーが許可すればいいんでしょ? お腹が多少ぽよんしてても殿下はいいですよね?」


 やはりニコラスには答えられない、女性の体形をどうこう言うのは無作法という物だ。もっとも、ルーシーはいつものルーシーでいるのが一番魅力的だとも思うのだが。


「ならルーシーさん一旦ラウンジに戻って、コルセットの調整をしましょうか。化粧室とかってありましたっけ?」


 アベルが答える。


「あると思うけど、ちょうど混んでる頃だしなぁ。着替え直しは難しいと思う……それに変な噂を立てられても嫌だしなぁ」


 アベルの意見はもっともだ、コルセットを付けなおすためにはドレスを脱がなくてはならない。

 一体、これから何をするのつもりだと周りに勘繰られるに違いないのだ。


「そうだよな、どこか個室があると良いんだけど、殿下、ご存じありませんか?」


 ゴードンは殿下に尋ねる。


「うむ……そうだな。個室、そうだ、ならば俺の部屋に来ないか? 知っての通りこの宮殿は俺の実家なんだよ。もちろん応接室もあるし……決して下心がある訳じゃないんだ。

 ソフィアにセシリアも来てくれよ。そこで、コルセットを緩めればいいよ。もちろん俺は外で待ってる。

 そ、そうだ、アベル、ゴードンお前達も来てくれるよな? 


「はあ、殿下。我々は構いません、いえ、健全なお付き合いを選択されてよろしいですね」


 アベルとゴードンは少しがっかりだった。二人っきりで部屋に誘えばよかったのだ。

 もちろん着替え直しについてはメイドに任せればよいのだ。


「ウィリアム殿下、申し訳ありません。正式な婚約発表はまだまだ先のようです」


「まったく、だが健全なのが殿下のいい所だ。まあ、少し臆病になっている節がある、もう少し積極的になってもらわないとな」


 アベルとゴードンは密かにニコラスの兄であるウィリアムから二人の仲が進展するようにと命を受けていたのだった。

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