第140話 宮中パーティー⑥
市街にて。
豊かなカルルク帝国では平民達にも平等に楽しみがある。
宮廷とはべつに街中でも年末のパーティーで賑やかだ。
盛大にライトアップされた都市の大通りは馬車の通行は規制され、露店やテーブルが建ち並び人々で賑わっている。
料理の種類で言えば宮廷で振舞われるものよりもバラエティー豊かであり、美食家の貴族の中にはダンスパーティーを欠席する者もいるくらいだ。
「ジャン君、あ、そこはダメだよ。もっとこっちを、指先でやさしく、そう、ゆっくりと……」
「……ああ。アンナ、分かってる。でも、もう我慢できない。俺は、これでいく」
…………。
ガシャン。積み上げた木片がテーブル上にバラバラに崩れ落ちた。
「あーあ、だからいったのにー、ジャン君はせっかちなんだからー」
「ちぇ、俺にはこのゲームは向かないんだよな、イライラするし」
そう、二人はテーブルを囲い積み木崩しをやっていた。
「しっかし、同じ寸法で切り出したのに、こうしてみると随分と誤差があるんだな。
今の魔法機械だとこれくらいが限界ってことか。ベテランの職人の足元にも及ばないよな」
彼らは木を切り出す工作機械を研究中に、この積み木崩しのゲームを思いついたのだ。
正確に作った木片でも大きさが微妙に異なる。
その影響で積み上げた木片に微妙に隙間が生まれる。簡単に抜ける木片とそうでない木片。
肝心の工作機械はまだまだだが、気まぐれで作ったこのゲームを売り出せば、将来の事業の為の資金稼ぎにはなるだろうとのアンナの発案だった。
散らばった木片を片付けながらアンナはひと際明るく光る宮殿を眺めながら言った。
「うふふ、今頃ルーシーちゃん達、舞踏会で楽しんでるのかなー」
「さあな、案外緊張してるかもしれないぜ? ああ見えて、ルーシーは人見知りするところがあるしな」
「そだねー。今頃ガチガチになってるかもー。でも大丈夫だよー、ルーシーちゃんには素敵な皇子様がついてるんだよー。うふふ、うらやましいなー」
「なんだよそれ、悪かったな皇子様じゃなくって」
「うふふ、ジャン君ったら妬いてるのー? そうだ、私達もダンスしようよ」
「……ダンスって、俺、踊れないぜ?」
「うーん、私も踊れないけど、ルーシーちゃん達の練習を見てたから案外できるかも?」
この時期にはお祭りを目当てに旅芸人たちも訪れている。彼らは各々の楽器を手に即興の音楽を奏でる。
その不思議なメロディーは宮廷のダンスパーティーとは違い自由で気楽な雰囲気を提供している。
その曲に合わせて人々もまた好きなように即興のダンスを踊るのだ。
「まあ、そうだな。誰も俺達の事なんか見てないだろうし、たまには体を動かすのも悪くないか、ではお姫様一曲いかがですか?」
「うふふ、よろこんでお供いたしますわ」
◆◆◆
「ふふふ、そろそろ頃合いかねぇ。ダンスがお好きな皆様方にはもっと踊ってもらおうかしら」
フードを被った女性がカバンから装飾の施された箱を取り出す。
「あー、魔法使いのおばちゃん。その箱には何が入ってるの?」
その禍々しくも綺麗な箱に子供は興味津々のようだった。
「おや、坊や、この箱に興味があるのかしら? でも気を付けな? この中には怖ーい化け物がたくさん入ってるのよー。坊や、食べられちゃうかもねー」
フードを被った中年の女性は子供を脅かしてみせる。
驚いた子供は母のいるテーブルに逃げるように走っていった。
「まったく、ガキはこれだから。さてと、邪魔が入らないうちに始めるとしよう。
我が名は闇の執行官、ホプライト。我が名において命ずる、封印を解き放て!」
ホプライトの言葉で魔法の箱の鍵がはずれる。
箱は禍々しい光を放つと同時に次々と魔物が出現した。
突然の魔物の出現に周りの反応は薄い。
「なに? これはなんかの余興か?」
一瞬、沈黙する人々だが、次の瞬間それは絶叫に変った。
現れた魔物は人よりも大きなサソリ型の魔物、砂漠の殺し屋。デスイーターであったのだ。
それはテーブルを薙ぎ払いながら次々と数を増やしていく。その数は十を越える。
幸いにもデスイーターは出現しただけで人々を襲わなかった。
人々は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「ふむ、そうか。命令をしないと何もしないのか。やれやれ、ヘイズ様は口数が少ないからね、まあ使い方は慣れるしかないか……
ちょうどいい、デスイーターよ、あそこにいる二人のガキを殺せ!」
逃げ遅れた二人、倒れている少女にそれを起こそうとしている少年だ。
「ジャン君、逃げて。足を挫いたみたいで歩けないの」
「何言ってんだよ。この状況でお前をおいて逃げる選択肢なんかないぜ」
命令を受けたデスイーターの一匹が勢いよく二人に駆け寄り、長い尻尾を振り上げる。先端には鋭い毒針が怪しく光る。
「くそ、まさかここで終わるのか……」
ジャンはアンナに覆いかぶさる。
恐怖で目をつぶってしまうジャン。だがデスイーターはいつまでたっても襲ってこない。
痛みもなく一瞬で死んでしまったのだろうか。だが、アンナの温もりと心臓の音は伝わってくる。
「ジャン君、大丈夫っすか? 危なかったっす。刺されてはいないっすよね?」
知り合いの声に目を空けるジャン。
デスイーターの頭部には一本の矢が刺さっていた。
黒い大きな矢。
鋼鉄製であろうその矢はデスイーターの殻を突き破り、頭部の側面から突き刺さった矢の先端は反対側に突き抜けていた。
「アランおじさん。……ふぅ、助かったぜ。俺達は大丈夫です。アンナは足を挫いたけどデスイーターには刺されてないです。ところで一体何が?」
「さて、それはそこの犯人に聞くとするっすよ」
「ち、レンジャーか。さすがの索敵能力。……だが、どうだろうか、お前一人でこの闇の執行官ホプライトの相手が勤まるかねぇ。
お前には魔法の恐ろしさを教えてやるよ。死ね、ヘルファイア!」
巨大な火球がアランめがけて放たれる。
アラン一人なら余裕で回避できるが、そこにはジャンとアンナがいる。
もっとも、その火球は着弾を待たずにマジックシールドによって防がれる。
「魔法の恐ろしさねぇ……。ぜひ私にも教えてもらいたいもんさね。教師になってからは教えるばかりでね。ぜひご教示願いたいもんだねぇ」
「マーガレット先生。助かったっす」
「まったく、お前さんは一人でつっこみすぎだよ、年寄りの体力を考えてほしいものさね。
では打合せ通り、ここは私に任せてあんたは索敵任務に戻りな!」
「うっす。ではお気を付けて」
アランは足をくじいたアンナを抱きかかえるとジャンと共にこの場から離脱する。
「ババア、この私に一体一で戦うつもりかい? 馬鹿にするなよ! エフタル最強の魔法使いである闇の執行官も随分となめられたものだ」
「ほう、そうかい。お前が旧エルタルの亡霊かい。ちなみに闇の執行官ってのは私の認識では馬鹿にされる対象だと思うんだがね。
ふふ、王の命令とあらばで平気で人殺しをする矜持も何もない魔法使いのクズの集まりじゃないのかい?」
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