第138話 宮中パーティー④

 バルコニーからニコラス殿下の父、つまり現皇帝陛下がパーティーの開催を挨拶する。

 

 ゲスト達は皆、手にはシャンパンの入ったグラスを持っている。


 ルーシーはただ緊張している。

 震える手でグラスの中身がこぼれないように必死だった。もちろんこれはノンアルコールだ。


「ルーシー、大丈夫かい?」


「で、殿下。その、き、緊張しています。今は中身がこぼれないようにと心を無にしております」


「……できれば父上の話を聞いてくれると嬉しんだけど。まあ形式的だし、実際にここにいる人たちだって聞いてるふりをしているだけかもね」 


 そう、皇帝の挨拶はとても真面目であった。真面目過ぎて面白くない。


 皇帝陛下の容姿はニコラスによく似ていた。


 もっとも、貫禄の面では全然違っている。

 きっとニコラスもいろんな経験を積めばああいう顔立ちになるのかもしれない。


 それはそれとして、普段のルーシーとは想像もつかないほどに緊張しているようで、ニコラスは少し不思議に思った。

 

 ルーシー本人とて、ここまで緊張するとは思ってもいなかったのだ。

 なぜだろう、ただのダンスパーティーだと言い聞かせるが、手の震えが止まらない。


 貴族の社交界というプレッシャーのせいだろうか。

 似たような場面なら三年前にレスレクシオン号に乗ったときに経験済みだ。


 だが、その時との違いに気付く。

 それは周りの視線だ。自分たちに向けられる視線が圧倒的に違うのだ。

 

 皇帝陛下もたまにこちらに目線を向ける。ニコラスに向けたのかもしれない、だがルーシーを値踏みするような鋭い視線に感じたのだ。


 それに、周りの貴族達のひそひそ話も、何やら自分に向けられているような気がした。


 ルーシーは社交界とはこれほどのプレッシャーを浴びせるのだと初めて実感した。


 知らない人達の冷たい視線とひそひそ話は初めての経験だった。

 ルーシーは以前に母親から聞いていた、貴族社会は凍てつくような冷たい世界で信じられるものは身内だけ。

 周りは全て敵だと理解して立ち回りなさいと教えられていたのだ。


 母親はどうやら貴族にいい印象を持っていないようだ、むしろ憎悪しているようにも思われた。

 

 それが今になって余計にルーシーにプレッシャーを与えていたのだ。

 

 

 もっとも、周りの感想はニコラスの腕にしがみつくルーシーに対して、お若いラブラブのカップルだという認識で噂をしているにすぎないのだが。


 そう、周りの人達からしたらニコラスとルーシーはくっつき過ぎなのだ。


 ぶるぶると小動物の様に震えるルーシー。


 ニコラスは自分の腕を強く抱きしめる華奢な腕と、小刻みに伝わる心臓の音、そして彼女の温もりに意識を集中しており、不覚にも彼も皇帝陛下の言葉を聞いていなかった。

 普段のルーシーも好きだが今日ほど異性として彼女を意識したことは無い。


 だが、ルーシーは貴族ではないのだ、こんな場所に誘った自分に少し罪悪感を覚えるニコラスだった。

 彼女の温もりは惜しいが、そろそろ現状を打破する必要があるだろう。


 ニコラスはルーシーの両肩に手を当て、ぴったりとくっついた彼女をゆっくりと引きはがす。


「大丈夫だ、あの人は皇帝陛下だけど、同時に俺の父親で、オリビア先帝陛下の息子だ。君はどちらとも気兼ねなく話せるじゃないか。だから安心して」


「うむむ、たしかに、そのとおりだ……だけど、ニコラス殿下のお父様は私の首を刎ねようとか思ってるじゃないの? 身分不相応だとか……」


「あはは。何の冗談だ。どこの親が子供のフィアンセの首を刎ねるなんて言うんだ」


「……私のお父様がそうおっしゃっていました……。いや、でもそうね、本心ではない……はず?」


「……そ、そっか。それは大変だ。……さて父上の挨拶も終わった。音楽が聞こえてきただろ?

 では、ルーシー・バンデル。さっそく一曲踊ってくれますか? そうしないと周りも遠慮してしまう。どうやら最初の一曲は俺達だけみたいだしな」


 なにげに、今日の主役はニコラスであった。今年入学した末っ子の第七皇子が栄えあるオリビア学園に入学、そして婚約者を同伴してとの噂が社交界に広まっていたのだ。

 


 周りの注目の仲、ニコラスにエスコートされたルーシーがダンスフロアの中央に立ち。ゆっくりとワルツを踊る。


 決して上手ではないが、練習の成果は確かにあった。

 練習は裏切らない、緊張していたが体がダンスを覚えていたので意識せずに踊ることが出来た。


 ぎこちないながらも二人のダンスは初々しさがあり、曲が終わる頃には拍手が巻き起こった。


 ルーシーは汗びっしょりである。緊張から開放されたのかすっかりヘトヘトだった。


「ルーシーさん、お疲れ様ですわ。とってもお上手でした」


 そういうソフィアはグラスに入った果実水をルーシーに差し出す。


「ありがとうソフィアさん。私、大人になったかな。わっはっは。……ふぅ、緊張したよー」


「グッジョブ。ルーシーさん、とても素敵だった。ダンスはばっちり、とは言えないけど、初々しさを加味して百点満点」


「むー、セシリアさんの採点が甘い。気を使っているなー。ぐぬぬ。次の曲で挽回しないと」


 ルーシーは果実水を一気に飲み干すと今度は堂々とニコラスの前に立つ、いつものように両手を腰に当て大きく胸をそらす。


「ふはは、我はダンスフロアのドラゴンロードである。あれ、なんかゴロが悪い、むー、何といえばいいのか」


 ようやくいつもの調子を取り戻すルーシーを前にニコラスも元気に笑う。


「あはは、いつものルーシーを取り戻したようだね。ではもう一曲よろしいですか? 我が愛しのドラゴンロード・ルーシー様?」


「うむ、よろこんで答えようではないか。わっはっは」

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