第121話 闇の執行官
カルルク帝国、貧困街にて。
ここはかつて、犯罪者やその予備軍等のガラの悪い連中が幅を利かせていた。
だが、先帝オリビアの時代から徐々に改善されつつある。
それでも相変わらず貧困ではあるが、暴力や飢えによる死者は減少傾向にある。
教育を受ける子供が増え、争いよりも労働によって得る対価が広まり徐々に人々の意識が変わり始めたのだ。
「はい、では今日の授業はこれで終わりですね。皆さん、そろそろ冬が近づいて来ましたね。病気にならないように温かくして、毎日ちゃんと食べるんですよ。
今日も炊き出しをしますので皆さんちゃんと来てくださいね。
もし体調が悪かったら先生に遠慮なく言ってくださいね」
ハンスが子供達にそう言うと、皆は授業後ということもあってか、やや疲れたように「はーい」と返事をする。
いつもの平和な光景だった。
ハンスは孤児院で授業を終えると、いつもの広場で炊き出しの準備をおこなう。
簡易的な屋台に大きな寸胴鍋。これで大量のスープを作るのだ。
支給された木箱には様々な野菜や肉が入っていた。
それを手際よく切り分け鍋に入れていく。
「やあ、ハンスさん今日も頑張ってますなぁ」
この間も現れた裕福そうな男性。
彼はたびたびやってきてハンスの手伝いをするようになった。
彼の慈善活動に感銘を受けたためボランティアとして手伝うようになったのだ。
もっとも、それは建前である。
二人は屋台の前に立ち、もくもくと野菜の皮をむく。調理している間が彼らの情報交換に使う時間なのだ。
「ホーカムよ、面白い物を見つけたぞ? なんとあの呪いのドラゴンロードの残滓ともいえる存在がこの街におるようだ」
裕福そうな男はホーカムと呼ばれる。彼は旧エフタル王国、最後の闇の執行官の生き残りで、現在は商人としてカルルク帝国で商売をし、それなりの信用を得ている。
ホーカムとは本名ではない。
彼も狡猾であり、ヘイズとしても彼の本名は知らない。
元々、闇の執行官の習慣で、闇の魔法を使用する者にとって本名を名乗るのはリスクでしかなくお互いはコードネームで呼び合う風潮があった。
ハンスこと、ヘイズとホーカムは手際よく材料を切り分ける。傍から見たら男二人が談笑しながら料理をしている様にしか見えない。
「ほう、あの呪いのドラゴンロードの残滓ですか……ヘイズ様、それはお手柄ではないですか、しかし大丈夫ですか? 奴はエフタルを一晩で火の海にした恐るべきドラゴンロードですぞ?」
「うむ、故に、より慎重を期さねばならんな。今は人間の小娘に化けておるのか、俺には何の反応も見せなかった。
身を隠すにはああいう保護欲をそそる少女の姿が最適なのだろう。
しかしよく化けているようでな、奴の魔力を感じるまで全く気付かなかった。本当にただの純真無垢の娘のようだったな。
まあ、あのドラゴンロードの性格からして俺のことなど少しも憶えていないだろうがな……」
「そんな、ヘイズ様はドラゴンロードから呪いの力を授かったのではないのですか?」
そう、確かにヘイズは呪いの力を得た、魂を奪うソウルスティールは人が使える魔法をはるかに超越している。
「さよう、だが、奴は俺に力を授けても、俺がその後何をしようとも、全くの無関心だった。
……そういえば、海のドラゴンロードが俺に言っていたな、ルシウスに見捨てられた哀れなやつ、だったか。
そう、俺は所詮そのような存在なのだ。永遠の時を生きる奴らにとっては俺とて所詮おもちゃなのだろう……」
自嘲気味に笑うヘイズは鍋に火をつける。
「ヘイズ様……そんな事はありません。貴方様は闇の執行官の中でも輝かしい功績を残しているじゃありませんか」
「そうは言うがな、例え何人、貴族を殺したところで人外の化け物にはなんの印象も残らんのだろう、逆を言えばだ、なりふり構わず生贄を捧げ続けた、あの変態のハヴォックのほうが奴の憶えが良かったのは事実だしな」
そう、かつての同僚、ハヴォックによって生贄にされかけたヘイズは静かに自嘲する。
「だがホーカムよ。現状、警戒すべきはカルルク帝国だ、俺はもう既に疑いがかけられている。
少し善人が過ぎたかな……ここで一つ幕引きをするとしようじゃないか。お前も決して行動を起こすなよ?
大人しく次を待て。そして老人に気をつけろ。あれは化け物だ……」
……鍋が沸騰する。あとはこまめにアクを取りながら味付けの面倒を見るのみだ。
食欲をそそる香りが辺りに漂うと、炊き出しを目当てに人々が集まりだした。
ヘイズとホーカムの会話はここまでだ。
「いやー、旦那。今回も助かりました。本当に感謝です。さあ、皆さん、並んで下さい。今日も全員分ありますからね。
落ち着いて順番に並んで下さいね」
…………。
カルルク帝国が冬になる頃、貧困街では悲しい出来事が起こった。
初雪の夜にハンスは死んだ。死因は心臓麻痺だった。
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