第120話 接触
「ハンス! てめぇ。借金を踏み倒したくせに、よくものうのうと街を歩けるものだなぁ!」
喧嘩だ、カルルク帝国の首都では珍しい光景、警備兵たちはまだいないようだ。
ハンスと呼ばれる男が一方的に殴られている。
「す、すいません。お許しを、私には返済能力がなく。どうかお許しを」
ハンスは平謝りで反撃をすることなく、ただただ殴られるのみだった。
「おや、なかなかに愉快な場面に遭遇するもんじゃわい」
「師匠、暴力事件ですよ。それにしても白昼堂々とよくやるものです。こんなの直ぐに警備隊の方が来ると言うのに」
「おい、やめろ! なにをやっているんだ」
やはりきた。二人だ、非番なのか軽装である。一人は背の高い屈強な身体をした青年。そしてもう一人は。
「あれ? ニコラス殿下?」
「皇室騎士団だ、お前達、暴力行為は犯罪だと知らないのか?」
殴っていた男はやってきた騎士を見るとすぐに態度を変える。
相手の身分を知っているのか低姿勢になり明らかに媚を売るような態度だ。
「これはウィリアム殿下、しかし、こいつは借金を返さずにのうのうと暮らしてやがるんですぜ?
しかも、今では聖人の様にちやほやされやがって、こいつは過去のやらかしをすっかり忘れてやがる。余程こいつのほうが犯罪者じゃないっすか」
「だとしても、暴力行為は認められん、話は騎士団詰所で聞こうじゃないか。ニコラスすまんな、仕事だ、まあお前は自分の信じる通りに動いてみろ、まだ若い、失敗することもあるだろうが頑張るといいさ、はっはっは」
殴られていた男はそっと立ち上がり暴行犯を連行するウィリアムに一礼すると残されたニコラスに振り向く。
「ありがとうございます。ニコラス殿下でありますね。俺の為にわざわざすいませんでした……」
「あ、いや、しかし大丈夫でしたか? 随分と殴られていましたが、そうだ回復魔法を……」
ニコラスが男に手をかざそうとした瞬間、後から声が聞こえた。
「ほっほっほ、随分と酷いやられようだったのう、もっと酷かったら止めようとは思っておったが流石はカルルク帝国、治安は良いようで安心したわい」
一人の老人が話に入ってくる。そして後にはルーシー達。
「ルーシー、そして皆も。ところでそのご老人はどちら様ですか?」
さりげなくルーシー達の肩を抱く老人にニコラスは少し怪訝な顔をするも、知り合いの様なのであえて無視する。
「私のおじい様です。無名仙人と呼ばれております」
セシリアの身内のようだ、だがなぜルーシーの肩を抱くのかは理解できない。というか納得できないでいた。
「……そうですか。そうだ、この方に回復魔法をかけないと」
「いえいえ、俺なんかのために皇子様直々に魔法なんてとんでもないです。それにこんなのは大した怪我じゃありませんよ。はっはっは」
そうは言うがハンスの顔はあざだらけであった。平気な態度をとるが、見るからに痛そうである。
「ところでおじさん、なんで殴られてたの? 借金がどうこう言ってたけど」
ルーシーはこういう聞きにくいことを平気で聞くところがある。
だがハンスは少し照れたように語りだした。
「はは、お恥ずかしい話です。昔、事業に失敗してしまいましてね。
国に破産手続きをしてある程度は解決したんですが、さっきの奴みたいな高利貸しの連中には未だに因縁を付けられているんですよ。まあ私が悪いので自業自得といったところですな」
「ふむ、借金とは難儀なことよのう、それでお主は今何をしておるのだ?」
「はい、国の福祉事業をやることで何とか食いつないでいる状況です、孤児院で教師の真似事をしたり、貧困街で炊き出しをしたりとか、そんなところです」
「ふーん、そうなんだ、なら、あざだらけの顔だと子供たちが心配するでしょ? ふっふっふ、我は最近回復魔法を覚えたのだ。ここは私にまかせなさい」
ルーシーはハンスに向かって回復魔法を唱える。
見事にハンスの顔のあざは消える。
「ありがとうございます。それに貴女様の魔力……どこか懐かしい感じがしますな。おっといけない、すっかり時間をくってしまいました。満足に御礼もできずにすいません。
子供たちが待っているのでこれで失礼します」
そう言い残しハンスは急ぎ足でその場を去っていった。
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