第101話 帰省⑪
食事が終わると、大人たちはそのまま夜の繁華街に消えていった。
馴染みのバーで、お酒を飲むためだろう。
「やれやれ、大人たちはしょうがないんだから」
「姉ちゃん、実はうらやましかったり?」
「そ、そんなことはない。お酒は嫌いだ。美味しくないし」
「そうかなー。甘いお酒ならルーシーちゃんでも大丈夫だと思うけどなー」
「おいおい、アンナ。ルーシーはまだ子供だぞ。さすがにまだ早いだろう」
「ぬ? その口ぶり。ジャン君とアンナちゃんは飲んだことがあると?」
「ああ、ちょっとだけだがな、まあ、俺にはまだ早かったな。あれは人の精神を破壊する呪いの液体だ、アンナは人が変わったようにべたべたしてくるしな」
呪いの液体という言葉に少し心惹かれるルーシーであったが、このまま立話してもしょうがない。
「ところで皆はこれからどうするの?」
「そうね、私達は宿に戻ってもやることがありませんわね。セシリアさんはどうされます?」
「うん、私も特に予定は無い」
「ふふふ、そう言う事なら、ソフィアさんとセシリアさんにはぜひグプタの海を堪能してもらいたい!」
「え? 今は夜だというのに。泳げるのですか?」
「いやいや、さすがに泳げないけど、夜の海もまた素敵なのだ。私は眠れない夜はこっそりと浜辺に出て、夜の波の音を聞いていたものだ。
街の明かりが海に反射して、とっても綺麗なんだから」
「そだねー、夜の海、私も好きだなー。ジャン君もだよねー」
「おう、だが、ちょっと不気味だよなー、真っ黒な海ってのは船乗りでも緊張するんだぜ?」
「ジャン君は別に船乗りじゃないでしょ。ははーん。さては夜のお化けが怖いと見えるな? いでよ!『ハインド君』」
ぼふん、黒い煙と共に現れる黒いローブの骸骨。
『マスター、失礼ですよ。私にもジャン殿にも……。ちなみに私はお化けではありません。闇の執行官ハインドだと言ったじゃないですか、それにジャン君はお化けが怖いわけではありませんぞ?』
「お、おう。だが、お前がいきなり現れるとさすがにビビるぜ。まあそれはそれとして。
夜の海ってのは視界が悪くてな。船にとっては危険なんだよ。
それに浜辺だって足場が良く見えないから、そのまま波にさらわれたりな、子供の頃は近づくなって言われなかったか?」
「ふん、今の私は大人だ。なら何も問題ない。では皆で海まで行きましょう!」
「はぁ、お前が一番心配なんだよ。レオ、良く見張っとけよ?」
「うん。当たり前だよ……」
レオンハルトは、姉の別の一面を知って驚いた。
まさか綺麗な夜の海が見たいと言うとは思わなかったのだ。
少し離れているあいだに、すっかり普通の女の子になったようだ。
これも、ニコラスという奴の影響なのかと不安にはなるが、それでも姉はちゃんと成長していたということだ。
だが同時に少しだけ寂しくもある。たまには昔の様に眷属として引っ張りまわしてほしいと思うのだった。
…………。
街の喧騒から離れた浜辺は少し肌寒い潮風と、街の明かりが揺らぐ海面、波が砂を打ち付ける音だけが響いていた。
全員言葉を無くしてしばらくその風景と音を楽しんだ。
そろそろ戻ろうかという時にレオンハルトはそっとルーシーに告げる。
「姉ちゃん。僕も来年オリビア学園に行くから。父上も騎士学科へ推薦状を書いてくれるって言ってたし」
◇◇◇
光に溢れた繁華街にひっそりとたたずむバーにて。
ここは表の喧騒とは違って静かに会話を楽しむことが出来る、地元の住人にしか知らない隠れ家的な場所だった。
「――そう、クリスティーナ。エフタルでそんなことがあったのね」
「どう? 私を殺したくなった? 私はエフタル貴族の仇敵なのだから」
シャルロットとクリスティーナはお互いに過去の話をする。
旧エフタル王国で起こった事件の全貌を。
灰色の第四王女と蔑まれたかつてのクリスティーナの人生を。
そして。エフタル事件に巻き込まれた、カイルとシャルロットの冒険の話を……。
「……殺すだなんて、とんでもないわ。確かに貴女のしたことを全面的に肯定はしないけど。あの時あの状況、そして貴女の境遇を考えたら、どうすればよかったなんて言えないもの、でも呪いのドラゴンロードだけは……」
「じゃがな、シャルロットよ。吾輩はクリスティーナのしたことは歴史的に見てなかなかの偉業ではあるぞ。
結果的に共和国に生まれ変わったエフタルは上手く行っておる。
それになろうと思えば独裁者にもなれたが、クリスティーナは最高議長の4年の任期を守り、二度と政治に関わることはなかった。
今では二児の母としてしっかりと子育てをしておる。ルーシーはなかなか面白い子に育っておるようだしな」
「そうね、ルカ様のおっしゃるとおりね。私からはソフィアの命の恩人であるルーシーちゃんを悲しませるようなことは絶対にないわ。
むしろ私達親戚なんだから。これからも時々こうしてお酒を飲んで楽しい余生を送る関係でいたいわね」
「ありがとうシャルロット……。すっかり話しこんじゃったわね。そろそろ帰りましょうか。あら? クロードは?」
「あれ? カイルもいない」
「ああ。男共は向こうの席で男同士の交流をしておるようじゃ」
カイルとクロードはテーブルで何やら腕相撲をしているようだった。
ベアトリクスがレフェリーをしている様子だ。
「さすがはカイル殿。英雄王の名は伊達ではないな。だが俺も騎士だ。このまま全敗では納得できん。どうかな、明日、剣での模擬戦を申し込みたいのだが」
「ええ、クロードさん。俺の腕力は生まれつきですので、それで勝っても納得は出来ませんから」
「もう、男の人ってすぐこれだもの」
「あっはっは。良いではないか。ちなみに男の全てがこうではないぞ? なあ、セバスちゃんよ」
「はい、私の夫にも、少しは見習ってほしいと思いますが……まあ人それぞれということです。では剣の試合ということですのでレフェリーはこの私が務めさせてもらいます」
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