第102話 帰省⑫

 翌朝、雲一つない晴天。東グプタの夏に相応しい。


 今日は皆で海水浴をする予定だ。


 その前に水着を持っていないソフィアやセシリアを伴って街を歩く。

 アンナも2年ぶりのグプタということで当然着られる水着は持っていない。


 ルーシーも最後に水着を着たころより成長したので昔の水着は着れないだろう。


 それにいつまでも子供用の水着を着ては居られないとも思う。

 ソフィアとセシリアの手前、太陽と海の楽園グプタの女として少し格好をつけたいのだ。


 こうして、子供たち全員で水着を新調することになった。


 ちなみに大人たちは昨日少し飲み過ぎたようで、昼頃から活動をするそうだ。


 グプタはリゾート地である。お店は早くから開いており、人も夜ほどとは言えないがそれなりに賑わっている。

 カフェで軽く朝食を済ませると、いよいよ買い物の開始だ。


「言っとくがな、俺は女子の買い物に付き合う気はないからな。俺は、クロードさんとカイルさんの決闘があるって聞いたからそっちを優先するぜ」


「ジャン君、折角グプタなんだから泳がないともったいないよー、ジャン君の水着も選んであげるからー。一緒に行こうよー」


「うーん。たしかに海水浴は二年ぶりだしな。しょうがない。でもアンナの買い物は長いんだよなー、俺はクロードさん達の頂上決戦は見ておきたいんだ」


 決闘の会場はビーチ。時間はあの具合だと酒が抜ける昼頃と思う。

 つまり買い物に振り回されて間に合わない可能性もあるのだ。


「大丈夫だよー。今回は水着だけだから、なんならジャン君がこの水着って選んでくれたら私はそれを着るから。ね、簡単でしょー」


「お、おう。アンナがそれでいいなら付き合ってもいいぞ……」


「ソフィアさん。アンナ先輩、とてもやり手です。ジャン先輩は見事に手玉に取られています」


「え、ええ。セシリアさん。私も同じことを思っていましたわ。まさか男性に水着を選ばせるなんて。なんて大胆なんでしょう。でも効果は抜群ですわね」


 アンナに手を引かれながら店内へと入っていったジャン。

 レオンハルトはそんな様子を見ながらぼーっと立ったままルーシー達に言った。


「じゃあ、姉ちゃん。僕はこの辺で待ってるから……」


「むー、レオよ。お前は姉の買い物に付き合わないつもりか?」


「姉ちゃん。……勘弁してよ、女性の水着コーナーにいるのは恥ずかしいんだよ。男心を分かってよ」


「男心? ふっ、ジャン君をみよ。アンナちゃんと一緒に楽しそうにしてるじゃないか」


 ルーシーは店内を指さす。

 なんやかんやでジャンは真剣にアンナに似合う水着を選んでいるようだ。

 いくつか手にとってアンナに重ねては、うーんと悩んでいる様子が見えた。


「……姉ちゃん。それなんだけど、一つ聞いてもいい? ジャン君とアンナちゃんって付き合ってるの?」


 なるほど、久しぶりに会ったレオンハルトでもそう思うのだから、やはりそうなのだろう。


「さあね、実際はよく分かんない。でも、あの二人はカルルクでもずっと一緒だった。それ以上は言わなくても分かるでしょ? ほら、さっきも自然に手を繋いでたじゃない?」


「そっか、よかったね」


 レオンハルトはジャンとアンナの関係がカルルク帝国へ行って、変ってしまうんじゃないかと心配だったのだ。


「うむ、よかった。ところでレオよ、お前はイケメンらしいから、お前が私の水着を選べ、可愛いのをな。私はそういうのはいまいち良く分からん」


 それは胸を張って言えることだろうか。だが、両手を腰に当てながら堂々と言うルーシーであった。


「なんだよそれ、それなら友達と話し合って決めればいいじゃないか」


 その時、レオンハルトはルーシーの側にいたはずのソフィアとセシリアの姿が見えないことに気付く。


 いつの間にかレオンハルトの両脇にはセシリアとソフィアの二人がレオの両腕をそれぞれがっちりと掴んでいた。


「レオンハルト君。私も選んでほしい。グプタで一番のイケメンが選んだ水着なら私も勝ち組になれる」


「セシリアさん、勝ち組って、私たちはナンパをしに来たわけじゃないでしょ? でも、私もレオ君に選んでほしいかしら?

 ねえ、レオ君。私、北方の出身で海は初めてなの。レオ君にお勧めの水着を教えてほしーなー」


 姉と同い年の女子達に両手を掴まれて困惑するレオンハルト。

 彼の腕力なら振り払うことはできるはずだが、騎士を目指す彼にそんな野蛮な真似はできなかった。


「ほら、セシリアさんもソフィアさんもレオが選ぶ水着がいいって言ってる。姉に恥をかかすな。

 それに、ここでぐずぐずしてたらお父様とカイルさんの試合を見逃すでしょ? さっさと行くぞ」


 こうして、女子三人に囲まれながら、水着コーナーに連行されるレオンハルトであった。


「なあ、アンナ。周りの男共を見てみろよ、凄い嫉妬の視線がレオに一斉に浴びせられてるよな。あれって実際どうなんだろうな。ハーレムに見えるんだろうか。

 まあ、男の俺から見てもレオはハンサムだし。……うわ。女性の視線も結構、凄いよな。レオに抜け駆けするなって感じか?」


「うーん、たしかにそうだよねー。傍から見たら、うらやまけしからんって感じなのかも?

 でも実際レオ君は大変そうだよねー。実の姉とその友達ってのはレオ君にとってはきついと思うなー。でもレオ君は優しいし、きっと大丈夫だよー」


 ジャンは思う。レオンハルトは昔からルーシーに振り回されていたし、可哀そうだと思うことはあった……。

 だが、何だかんだ言って。それに付き合う姿は昔から変わらない。


「そうか、レオ。頑張れ……」

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