第97話 帰省⑦

 ルーシー達一行は無事西グプタに着いた。

 これから高速船を乗り東グプタへ3日の船旅に出る。


 アランは別件の為に西グプタでしばらく滞在をして、別便で東グプタに合流する手はずだ。


 ここでもう一人、よく知る人物が旅に合流する。


「セシリア、大きくなりましたね。学園では上手くやっていますか?」


 メイド服を着た女性。セバスティアーナである。


「……はい、母上、セシリアは上手くやっています」


 どこかぎこちない親子だとルーシーは少し不安に思った。


「そうですか、ならよいです。お父様とは仲良くやっていますか? あの人は色々としつこいですから……」


「…………っ! 母上! だったら、なぜ、父上と結婚したのですか! ずっと別居して、父上は寂しい思いをしているのですよ?

 仕事なのは理解しています。でもあんまりじゃないですか! 私は母上を軽蔑します!」


 セシリアの感情を露わにした姿は初めて見た、そして彼女は自分の客室に閉じこもった。

 久しぶりにセシリアの母セバスティアーナに再開したルーシーだが、この凍り付く空気を前に言葉を無くした。


「……ふう、娘には随分嫌われたものですね。まあ、自業自得なので仕方ありませんが……さすがに少し堪えますね」


「セバスティアーナさん。何があったのですか? 俺達に相談できることがあったら何でも言ってください!」


 カイルは初めて見た落ち込むセバスティアーナを気遣うが、どうしていいか分からずにいた。


「カイル! あんたはセバスティアーナさんについていて頂戴! ルーシーちゃん。私達はセシリアちゃんを追うわよ!

 ソフィア。あんたはカイルの側にいて頂戴。いいわね! 一時の過ちが無いようにカイルを見張るのよ? いいわね!」


 シャルロットはそう言うと足早にルーシーを連れてセシリアを追いかけて行った。


「あ、はい。お父様に過ち? がないように見張るんですね。……お父様、まさか、セシリアさんのお母様と関係が……」


 そんな修羅場の中。 


「あのー、そこに隠れてるのルカさんですよね?」


 アンナは物陰に隠れてこちらを見ているルカ・レスレクシオンを見つけた。


「おお、アンナか。大きくなったのう。ちなみに吾輩は修羅場は苦手だ。吾輩はこの場にいなかったことにしておくれ……」


「もー、しょうがないですねー。ジャン君もぼーっと立ってないでこっちに来たら?」


「あ、ああ。俺もどうしていいのか分からなかったんだ」


「こればっかりはルーシーちゃん達に任せるしかないよー。私たちはルカ様が余計なことをしないように面倒を見ていましょ?」


「ふ、アンナは相変わらずの大物よのう、確かに吾輩は空気読めない発言をする可能性は高い……、しばらく見守るとしようかのう」


 …………。


 ルーシーはドアをノックする。


「あの、セシリアさん入ってもいい? 少しお話でも……」


 ルーシーはそれ以上は聞けなかった、まさか友達の家庭環境がこんなことになっているなんて思っていなかったのだ。


「うん、いいよ、入ってきて」


 ルーシーとシャルロットはセシリアの部屋に入る。

 二人部屋、セバスティアーナとセシリアの部屋だ。

 当然、先に来ていたセバスティアーナの荷物がこの部屋にはある。


 部屋の机には様々な形のナイフが並べられていた。


「ルーシーさん、これが母上の本性なんですよ。私の母上は殺し屋なんです。

 これはその道具の一部。母上はルカ・レスレクシオンの専属メイド件、ボディーガードの仕事をしているんです。

 母上は人殺しです。それも一人や二人ではありません。

 私は物御心ついたころから人殺しの訓練を受けていました。母方の一族に伝わるモガミ流忍術の訓練を……」


 ルーシーは親友の独白に困惑する。だが親友なのだ。理解できなくても全部受け入れる。


「セシリアさん。その、私は頭が良くないから、なんて言ったらいいか分からないけど、一生懸命に相談に乗るよ。私はセシリアさんの親友だから……」


「ルーシーさん。うん、ごめんね。折角、ルーシーさんの故郷に来たのに……こんなつもりじゃなかった。でも、楽しそうなソフィアさんのご両親を見てたらつい我慢できなくて」


「セシリアちゃん。私からも少しお話してもいい? 私とカイルはセバスティアーナさんにとてもお世話になったのよ。

 命の恩人と言ってもいい。だから二人が仲直りする手伝いをさせてほしい」


 シャルロットはセバスティアーナとの出会いから話を始める。

 ルーシーにとって初めて聞く話で、セシリアにとっても初めてなのだろう。


 二人はシャルロットの話を静かに聞いた。


 ◇◇◇


「セバスティアーナさん何があったんですか?」


 カイルはセバスティアーナの珍しく落ち込んだ表情にとまどう。


「お父様、ここでは何ですから、私達の部屋に入りましょう。お茶なら出せると思いますし」


「あ、ああ、そうだな。ソフィアの言うとおりだ」


 …………。


 紅茶の香りに包まれた室内は少しだけ暖かさを取り戻していた。


「私がいけないのですよ。セシリアを遠ざけた理由は私の仕事のこともあります。ですが、私が側にいたらあの子は幸せにならないと思ったのです……」


 セバスティアーナの独白は続いた。


 セシリアは母方の一族の血を濃く引き継いでいた。

 彼女が5歳になる頃にはセバスティアーナは気づいたのだ。


 その才能はおそらく自分以上であると。


 セシリアに対してモガミ流忍術の伝授をするのは当然の帰結であった。


 父親であるシリウス・ノイマンは帝国の重鎮として毎日仕事に忙殺されていたため、娘に会う機会は少なかった。

 

 ある日、シリウスが帰宅すると、血まみれの娘とそれに対峙するセバスティアーナを見た。


「セバスティアーナ! それ以上は……セシリアが死んでしまう……」


 そう、セバスティアーナの教育は苛烈を極めた。だが、セシリアはその教育に答え続けていた。確実に強くなるセシリアを見て、感覚が麻痺していたのだ。


 もっと強く、その才能をより高みに。セシリアの才能ならきっと、自分では成し得なかったモガミ流の極みに達するのではと……。


 だが、夫の言葉を聞いて我に返った。


「私は……娘を殺してしまうところでした。その後、夫は仕事を止め、退職金でレストランを買収し、平民としてセシリアの側にいます。

 私は、逃げたのです。ルカ様がこのグプタで新しい事業を始めると聞いたときは良い機会だと思いました。でも結局、私はセシリアにした罪から逃げた事には変わりません」


 …………。


「うーむ、吾輩としても……セバスちゃんの為になんとかしてあげなければとは、思うのじゃがのー」


 いつの間にかルカ・レスレクシオンが会話に加わる。


「セバスちゃんよ、吾輩は思うのだが。今回の一件。双方に誤解があるようじゃ。まあノイマンの奴も相当だめだめだがな」


「あの、ルカ様、それはどういう事でしょうか?」


「ふん、カイル少年よ、分からぬか? セシリアが気にしていることは結局なんだ? 分からんか? セバスちゃんも分かっておらんようだの。セシリアよ入ってこい」


 ルカの合図で、セシリアが部屋に入ってくる。


「母上、私は別に母上の教育が嫌だったのではありません。私はあれで結構楽しかったのです。でも父上は私の傷つく姿が見たくなかった。

 私のせいで、父上と母上が別居してしまったのが一番許せなくって…………。父上と母上の仲を私が引き裂いたんじゃなかって……」 


 セシリアは目に涙をためて、セバスティアーナに語る。


「おや、セシリアちゃんはそんな事を思っておったのか? それは無いぞ? セバスちゃんは色恋の話は一切せぬが……まあ、それが今回の問題の一旦かのう」


「え? 父上は手紙の返事がそっけなくって嫌われたのかと毎日言っておりましたが……」


「はっはっは。それはな、ノイマンの手紙が異常なだけじゃ、ほれ、セバスちゃんよ見せてやれ!」


「さすがに、夫からの手紙を娘に見せるのは恥ずかしいのですが……」


 セバスティアーナは、まるで辞書の様な分厚さの本を数冊取り出す。


 これはシリウス・ノイマンが妻セバスティアーナに向けて書いた手紙を綺麗にファイルした物だった。


「さすがに、毎日、長文の手紙を送られては返事ができません……」


 セシリアは、父親が母親に対する愛情を込めた、率直に言って気持ち悪い長文の手紙を見て絶句した。


「もう、分かったであろう、セシリアちゃんよ。お主の両親はぱっと見分からんが、実はラブラブということじゃ。これにて一件落着じゃな、はっはっは」


 …………。

 セシリアはその場にぺたんと座り込む。


「……はあ、私、なんだか疲れちゃった。母上。今日はルーシーさんの部屋に泊ってもいいですか? ちょっと気持ちの整理をつけたいので」


 ルーシーは思う。


 いろんな人間関係があるのだと、それに大人になってもうまくいかないこともあるのだと。 

 今回はただのすれ違いであったが、悪い方向に行けば取り返しのつかない憎悪を生み出しかねないのだと改めて思ったのだった。

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