第98話 帰省⑧

 早朝の東グプタ、ルーシーの実家にて。


 朝早くから二人の男が庭で剣の修行をしている。


 一人はルーシーの父親のクロード。

 もう一人は弟のレオンハルトだ。


 11歳になるレオンハルトは最近になって急激に身長が伸び、声変わりを迎えた。


 日ごろの鍛錬の賜物か、細身の身体ではあるが、全体的にバランスよく筋肉が付き、体力は既に並みの大人以上である。


 それでも、まだ幼さの残る顔のアンバランスさもあってか、今では近所の奥様方のアイドルである。


 木剣を構える二人の間には早朝のさわやかな風が吹き抜ける。


「レオ、なかなかやるようになったな、剣の腕なら一人前と言えるだろうな」


「父上ありがとうございます。でも僕はまだまだですよ。せめて、父上に一本取って初めて一人前でしょう?」


「ふ、大きく出たな。それならここにいる警備隊のほとんどは半人前ということだぞ? まあ心意気はよし。かかってこい!」


 カンカンカン。


 木剣のぶつかる音が響く。


 早朝の鍛錬は続く。

 東グプタはリゾート地だ。宿屋も多いこの街では、夜遅くまで遊んで朝はゆっくり過ごす宿泊客も多い、早朝の物音は近所迷惑であるのだが最近は違う。


 当初はクレームもあった。


 だが、現役警備隊長クロードと、その長男レオンハルトが訓練をしているのだ。


 近所のご婦人方は今ではクレームどころか応援をしているくらいだ。


 差し入れに果実水はあたりまえで、観光地の中にあって彼らは新たな観光名物になっていた。

 つまり、レオンハルトはご婦人方のアイドルなのだ。


 もともとクロードはモテていたが、ここまでちやほやされてはいない。既婚者だからである。


 だが、その長男レオンハルトは違う。

 純真無垢で誰にも優しい美少年。しかもまだ女性を知らないのだ。人気にならない訳がない。


 今日も早朝のトレーニングを終えたレオンハルトに、なぜか汗拭きのタオルを用意する年下から年上まで様々な年齢層の女性達たちが列をなしていた。


「ほんと、勘弁してほしいよ……」


「はは、レオ、人気だけは俺以上じゃないか。別に訓練の邪魔をしてくるわけでもないし、差し入れもくれるだろう? それが嫌ならお前も彼女の一人でも作ってみたらどうだ?」


「いいえ、僕はまだいいですよ。……そう言えば姉さんはいつ頃帰ってくるんですか?」


「ああ、日程ではおそらく今日になるだろうな、そろそろ高速船が着く頃じゃないか? レオ、俺はこれから仕事だ。お前とクリスで迎えに行くといい、都合がつけば後で俺も合流するよ」


 ◇◇◇


「あ、見えましたわ。あれがルーシーさんの生まれ故郷、東グプタですわね。西グプタとは違って緑が多いですわね、それに斜面にそって白い建物が綺麗に並んで、とっても素敵」


 ルーシーは半年ぶりに帰省する。たった半年いなかっただけなのに、懐かしさがこみあげてくる。


 両親やレオンハルトは元気にしているだろうか。

 たったの半年でそこまで変わるはずがないと知っていても少しだけ緊張してしまっていた。  


「ねえ、カイル、懐かしいわね。私達、あの高台のチャペルで結婚式をしたのよねー」


「そうだな、ここは俺達にとっては第二の故郷と言った感じだしな。ベアトリクスさんは元気だろうか。まあ元気だろうな」


 ソフィアのご両親は随分とグプタに愛着を持っている様子だった。


「なるほど、あのチャペルは確かに素敵ですね。ところで母上。グプタは海のドラゴンロードを神と称える宗教国家ではないのですか? あれは、シャルロッテ教の様式の教会に思えますが」


 セシリアとセバスティアーナはすっかり仲直りをしたようで、今ではその時間を取り戻すかのようにいつも一緒にいる。


「はい、セシリアの言うとおり、グプタの皆様はベアトリクス様を女神様として慕っておりますのでその認識で間違いありませんが、別に宗教の自由は保障されているのです。

 ちなみにシャルロッテ教の教えでは、海のドラゴンロードは女神シャルロッテ様が遣わした恵みをもたらすドラゴンロードという位置づけですので、宗教対立も起こらずに皆さん仲良くやっています」


 二人の会話を聞いたシャルロットは少し照れくさそうに会話に加わる。


「ちなみに、私は女神シャルロッテ様にちなんで名前を付けられたのよ。自分の孫を女神の生まれ変わりとか、どんだけ自尊心が強いのかって話よ」


「ま、まあ。シャルロット。俺は君に似合ってて、とても素敵だなと思ったぞ? 実際、俺にとっては女神だったし……」


「うふふ、そうなんだ。ま、名前を付けてくれたおじい様。今は亡きエフタル貴族の良心、レオンハルト公爵に失礼だからこれ以上は言わないけど……」 


 ルーシーはソフィアの両親の甘々な会話に少しうんざりしていたが、ここで一つ気になる言葉を聞いた。


「レオンハルト……。シャルロットさんのおじい様の名はレオンハルトというのですか? なんて偶然、弟もレオンハルトと言うんです」 


「へぇー、珍しいこともあるのね。レオンハルトって結構珍しい名前なのよ、ルーシーちゃんには悪いけど、没落貴族の当主の名だったから人気がないと思ってたわ。

 でもあなたのご両親は見識が深くてとても聡明なようね」


 没落貴族とかいろいろと事情がありそうな話ではあったが、そんなことは関係ないと、家族を褒められてまんざらでもないルーシーだった。


「あ、今、港にそのレオンハルトが見えました!」


 ついにルーシー達は東グプタに到着したのだった。 

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