第92話 帰省③

 レーヴァテイン伯爵親子と、アラン、セシリア、ジャンにアンナ、そしてルーシーの8人は高速馬車に乗りグプタを目指す。


 伯爵家の自慢の高速馬車は特注品だ。

 外観は黒光りする金属で覆われた外装の高級馬車であるが、中身はただの馬車にあらず。 


 製作者はお馴染みのルカ・レスレクシオンであった。

 だが名前はレスレクシオン号ではない。


「よーし、皆乗ったな。では行くぞ『ベヒモス号』発進!」


 運転席に座るカイルがそう言うと、ゆっくりと魔法機械の駆動音と共に馬車は発進した。


 ベラサグンの外壁までは通常の馬車と同じ速度で安全に進んだ。

 街を歩く人々はこの異様な馬車をみて、指さす者や手を振る者、泣く子供など、反応は様々だった。


「すごい目立ちようね、こんなに注目されるんだったら外壁の外で待ってればよかったわ。

 カイル、あんたがソフィアに早く会いたいからって、こんな大きな馬車で街中に入るからこんなことになるのよ」


「なんだよ、シャルロットだって早い方がいいって言ってたろ? それに皆の荷物を運ぶ手間を考えれば多少は目立っても問題ないじゃないか」


 なんだか雲行きが怪しい、ルーシーはソフィアにそっと耳打ちする。


「ねえ、ご両親達、私たちのことで喧嘩してない?」


「え? いつもあんなですわよ? お母様は何かとお父様に文句を言ってから会話を始める癖があるのです。

 ツンツンしてるのは愛情表現の一つなんですって、でも人前だとさすがに少し恥ずかしいですわね」


 二人にも聞こえるように大きな声で答えるソフィア。

 そして、ばつが悪そうに無言になるカイルとシャルロットだった。



 外壁を抜けると、馬車の速度は一気に増した。 

 キャンプ地に利用した砂漠の境界線までは一時間もかからずに到着したのは驚いた。

 普通の馬車なら半日はかかるというのに。


「あの! カイルさん。この魔法機械は何馬力ですか? どういう動力機関なのか、俺すっげー気になってて」


「もう、ジャン君、だめだよー。運転手さんの邪魔をするのは危ないって習ったでしょー?」


「そっか、そうだった、つい興奮してしまって。カイルさんごめんなさい」


 ジャンは素直に謝る。魔法機械は安全第一なのだ、それは魔法機械学科で初めに学ぶことでもある。


「いや、別に前を見てれば運転中でも話しかけてくれていいよ、むしろ静かだと俺が眠くなるしな。

 でもジャン君よ、俺は魔法機械はまったく詳しくないんだ。知ってることと言えばこの『ベヒモス号』の動力には二十番の魔剣、機械魔剣『ベヒモス』の部品が使われてるってことくらいかな。

 パワーは馬っていうか、ベヒモス一体分……かな?」


「二十番……魔剣。ですか……アンナ、知ってるか?」


「もう、ジャン君って、男の子の癖に魔剣に興味がないなんて。だめだよー」


「悪かったな剣に興味が無くて。俺は海と船と魔法機械を愛する男なんだ。そういうお前はどうなんだよ」


「え、ジャン君本当に知らなかったんだ。もっと本を読まないとだめだよー、今度本を貸してあげるねー。

 でね、二十番の魔剣って、ルカさんが作った最後の魔剣でね、お金と技術をこれでもかって使って作られたすっごい武器なんだよ。

 で、それを使った英雄王カイル様の手で魔獣の王ベヒモスを倒したって、有名でしょ?」


 そう、二十番の魔剣とは、恐るべき魔獣の王ベヒモスを倒すために作られた、ルカ・レスレクシオンの全ての技術を駆使して作られた最強の魔剣であるというのは今では伝説になっている。


 だが、その戦いで破損した魔剣は修復されずに部品のみを流用してこの高速馬車は作られたそうだ。

 二十番の魔剣を動力に流用した、速度では小型の高速馬車には劣るが馬力と快適性を兼ねた最新鋭の馬車だ。


「ああ、それか、それなら知ってるぜ。そっかー、それが動力機関ならすっげー馬力が出るってもんだ」


 その後もいくつか馬車についての質問を繰り返していた。

 さすがジャンとアンナは魔法機械学科所属なだけはある。最新の高速馬車に夢中なようだ。


「……にしても、アンナちゃんも良くついてけるよね。私、魔法機械なんて全然わからないから、凄いなー」


 ルーシーがそうつぶやくと、ジャンはいった


「何言ってんだよルーシー。ついてくどころか魔法機械学科の首席はアンナだぜ? 俺も負けてらんねーけど、あと少しで負けちゃんだよなー」


「うふふ、でもジャン君は造船の勉強もしてるんだよねー、大陸の学園だから船の科目がないだけで、ちゃんとお家のこと考えてるジャン君の方が凄いよー」


「ま、まあな。しかし、この馬車はもう陸の船って感じだよな。8人乗ってるのに全然狭くないし。ビックリしたのはキッチンまであるってことだ」


「ああ、実はな、シャルロットと旅してた時に使ってたキッチンカーって自走式の魔法機械があったんだけど、あれも旅の仲間みたいなもんだし、手放すのが惜しくってな。

 ルカ様にたのんでこの馬車に組み込んでもらったんだよ。でも案外、車内で料理が出来るってのは便利で以外に重宝してるよ。

 ちなみに車内も椅子を折りたためばベッドになるからね、野宿する心配はないから安心してくれ」


「すっげー。じゃあずっと快適な旅が出来ますね」


「まあ、今回は女性が多いから、当然、俺達男は外で寝るけどな。ジャン君もそれでいいよな?」


「あ、はい……。そりゃそうですよね。俺も異論はないです……」


 別に一緒に寝ればいいのにとルーシーは思うが、男性陣がそう言うのだから素直に従うことにした。

 そう言う事も意識しなければならない年頃ではあるのだ。

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