第93話 帰省④

 砂漠の夜。

 夕食を終えると、男性陣は馬車から降り、野宿の準備をする。


 ルーシーは思う。

 さすがに可哀そうではないかと、でも思うだけにとどめた。


 確かにこの馬車は広い、だが8人が寝るとなると別だ。

 男女がお互いに密着しながら寝るのはやはり健全ではないのだ。


 昔はそんな事は思わなかったのにと、少しだけ複雑な気持ちになった。


「あのーレーヴァテイン伯爵、さっきから水が流れる音がするんですけど……」


「ふっふっふ、実はこのキッチンお風呂にもなるのよ。魔法機械って便利よね。もうすぐお湯が張れるから、二人ずつ順番にいただきましょう」


 なんと、この『ベヒモス号』キッチンはおろか、お風呂も完備されていたのだ。


 先程までキッチンだった馬車の後部は、いつの間にかお風呂に変っていた。

 キッチンをお風呂代わりにするのではない、キッチンが壁に収納され、新たにお風呂が出現したのだ。


 この可変機構は二十番の魔剣の応用であったが、魔法機械学科主席のアンナですら何が起きたのか理解できなかった。


「流石、ルカさんの魔法機械。これは理解不能かも」


「じゃあ、まずは誰から入る? 一番風呂って結構遠慮する人いるけど……そうだ、セシリアちゃんせっかくだし、一緒に入りましょう? 昔はあなたのお母様にお風呂をご馳走になったのよ、それの恩返しってことで」


「……あ、はい。その節は母が迷惑を掛けました。ではありがたく頂戴します」


 セシリアは言うとおりにシャルロットとお風呂を共にした。


 ルーシーは思った。セシリアは母の話になるとなぜかぎこちない感じになる。

 なにかあったのだろうか……。でも今のルーシーに何が出来るだろう。

 悩む、でもルーシーの勘違いかもしれない。いつか機会があれば話してみることにしよう。



 お風呂を終えると寝室の準備に入る。


 準備と言っても車内の椅子を折りたたむだけで、車内はたちまちベッドルームになった。


「すごい! なにこれ、魔法機械って本当にすごい。魔力を消費した訳でもないのに」


「うふふ、ルーシーちゃん。これは魔法機械じゃないの。えっとー、なんて説明したらいいか。

 そうだ、ルーシーちゃんにも分かりやすく説明するとね。最初からベッドになる形になっててね、レバーを引くと金属の部品がかみ合ってねベッドになるっていうか。

 つまり魔法で形を変えたんじゃないんだよー」


「むー、アンナちゃん。ますますわかんない。それに馬鹿にしてるでしょ。魔法機械って魔法を使うから魔法機械なんでしょ? 魔法を使わないってなると、いよいよ魔法使いの存在意義が……」


「違うってー、これはね、うーん、説明したいんだけど私口下手だからなー。ジャン君なら上手く説明できるんだけど、今から呼んでこよっか?」


「うーん、そこまではいいや、どうせ馬鹿にするに決まってるし。まあ、使い方さえわかれば原理はどうでもいいかな。それに、私達もう寝間着に着替えてるし。さすがに呼ぶのはどうかな」


「そう、ルーシーさんが、正しい、男は獣、女の寝室に入れてはいけない」


「そうだったねー、セシリアさんやソフィアさんもいるんだった。でも、ジャン君達、お外で大丈夫かなー」


 外にいるジャンが心配なのかカーテンの隙間から外の様子をうかがうアンナ。

 シャルロットは心配そうなアンナに優しく声を掛ける。


「大丈夫よ。カイルは冒険者としてもベテランだし、ルーシーちゃんのおじさまもベテランなんでしょ? 万が一なんて起きないわよ」


「でも、ジャン先輩は少し可哀そうですわ、何やらアラン先生とお父様は因縁がありそうな感じですし。大人二人に挟まれて、きっと緊張してると思うわ」



 一方、馬車の外でテントを張る男性陣。


 アランは周囲の偵察に出ているため、テントの設営はカイルとジャンがおこなった。


「――よし、これで完成。ジャン君はなかなかに手先が器用だね。なるほどさすが魔法機械学科ってところか」


「ありがとうございます。ふぁー、すいません。朝から緊張しっぱなしで、ついあくびが」


「ああ、そうだね、ジャン君お疲れ様。なあ! シャルロット、ジャン君も風呂に入れてくれないか? さすがに可哀そうだろ?」


 カイルは馬車の中に聞こえるように声を上げる。


「ええ、それもそうね。じゃあ、せっかくだしアンナちゃんと一緒に入ってもらいましょうか?」


「え! ま、待ってください、俺、そんなつもりじゃ」


「うふふ、冗談です。私達はお風呂は頂いたから、お湯は外付けのシャワーに回すわね。

 悪いけど男性陣はこれで我慢してね。じゃあね、カイル。

 久しぶりに私も女子会を楽しむから、カイルたちも男通しの、なんていうの? 腹を割って話す、でしょ?」


 ジャンはシャワーを浴び、すぐにテントに入り眠りについた。


 アランとカイルは焚火を囲み、いつの間にか用意していた蒸留酒を嗜みながら会話を続けた。


「――そっすかー、やっぱり、あんときのお嬢ちゃんがレーヴァテイン伯だったって事っすね。

 改めて、結婚おめでとうっす。……で、俺っちが憎いですかい? 殺すなら今がちょうどいいと思うっすが、俺っちにも守るものがあるっす。だから全力で抵抗させてもらいますがね」


「それはしないよ。……たしかに、昔の俺だったら、それこそシャルロットを連れて逃げてた時ならそう思ったかもしれない。

 いや、あの時だって事件を起こした者に敵討ちをする理由はなかった。あんたたちは平民は殺さなかったしな。

 それでも同級生達をあの呪いのドラゴンロードに売ったのは許せない。でも……それも過ぎた事。今さらあんたや第四王女を殺したって……悲しいだけだ。

 それにエフタル共和国の民、俺の育ての親達やその仲間たちは皆幸せなんだ。それが今の現実。

 守るべきことで俺が私情で壊していいわけないよ」


「さすが、英雄王っすね、立派っすよ。まあ、もしも、それでも許せないなら俺っちの命だけで勘弁をって思ってたっすがね。

 イレーナも一人前になったことだし、思い残すことは、……まあ、そうっすね。

 お嬢が無事に学園を卒業して、イレーナも結婚して孫でも見せてくれれば何も思い残すことは……ああ、やっぱ無理っすね、やっぱ殺さないでほしいっす」


「結果的にはよかったんです。歴史の評価では、あの時エフタル王国が滅んだのは肯定的だし、この話はこれ以上はなしにしよう。ソフィア達の世代には何の関係もないんだし」


 こうして夜は更けていった。

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