第91話 帰省②

 グプタ行きの高速馬車はソフィアの両親が用意してくれるようだった。


 それもそのはずでタラスから大型の高速馬車でここまで来るというのだ。


 最北端の都市タラスから僅か数日でベラサグンまで来た高速馬車、やはり馬を使っておらず魔法機械である。

 ルーシーもベラサグンまでは高速馬車を使用したが、これは遥かに大きい。

 これなら全員乗っても問題ないだろう。

 

「すっげー何だこれ? 貨物用の馬車の倍くらいあるんじゃないか? こんなデカいのでタラスから来たのかよ。

 ってことは結構な登坂能力があるってことだぜ、すっげーな。なあアンナ、これだとどれだけの馬力がいるんだろうな。えーっと仮に重さを馬車2台分と定義すると……」


「もう、ジャン君ったらー。これからソフィアちゃんのご両親に会うんでしょ? お行儀が悪いよ。相手は伯爵様だよ? もっとお行儀よくしないと」


「うふふ、アンナ先輩にジャン先輩、お気になさらずに。伯爵って言ってもうちの両親は少し変ってますので……」


 ソフィアがそう言うと、高速馬車の扉が開く。


 黒髪で長身の男性が馬車から降りてくると、いきなりソフィアの肩を抱き姿勢を低くしながら目線を合わせる。


「やあ、ソフィア。やっとあえたな。父さんは寂しかったぞ? 元気してるか? ちゃんと食べてるか? 同級生からいじめとか受けてないよな? 母さんはあれでも学生時代にはいじめられてたから父さんは心配で心配で……」


 彼がソフィアの父親なのだろう、なぜかルーシーは自分の父親に重なって見えた。


 それは彼が剣士だからだろうか、鍛えられた身体は服の上からでも分かるし、顔や髪色が違っても体格は似ている。


 だがそれだけではない。

 外見は違っても娘を溺愛する態度が重なって見えたのだ。


 そしてルーシーは思う。

 少し恥ずかしいなと。弟が父親に甘える私をどう見ていたのか少しだけ分かった気がしたのだ。


 自分はもう大人なのだ、少しは親離れしないといけないと改めて思うのだった。


「ちょっと、カイル。いきなりそれだと、ただの馬鹿親じゃない。ほら、ソフィアのお友達がきょとんとしてるでしょ? まずはご挨拶をしないと」


 ソフィアの父親に続いて馬車からソフィアの母親と思われる女性が降りてきた。


 ぱっと見で確かにソフィアの姉かと思われるほどに若々しく、外見もソフィアにとても似ていた。


 違いと言えば身長と髪型だけかもしれない。

 ソフィアの母親は金髪のストレートヘアで、さらさらと風になびいている姿はとても美しかった。


「ああ、そうだな。では改めて。……えっと、いやいや。まずはレーヴァテイン伯爵からが先だと思うんだけど。ほらシャルロットが伯爵家の当主だろ?」


「え? あ、そうだった。……こほん、では改めまして。私はソフィアの母で、シャルロット・レーヴァテインと言うわ。

 よろしくね。あとソフィアのお友達になってくれて本当にありがとう。ほら、この子、私に似て少し変ってるから友達が出来るなんて思って無かったし。

 で、隣の彼が、私の旦那のカイルよ。剣の腕だけは凄いんだから」


「おいおい、俺はそれだけかよ……」


「ええ、カイルはそれだけでしょ? 最強の剣士で英雄王と呼ばれてるんだからいいじゃない。それに大魔導士であるこの私の夫なんだからもっと胸張りなさいって」 


 なるほど、確かに貴族とはいっても偉ぶっているわけでもないし、随分フランクなようだった。

 ではソフィアのお嬢様口調はわざとやっているのだろうか……。


 そういえば母親に間違えられるのが嫌だと言っていたので、おそらく本人は一生懸命に自分らしさを模索しているのだろう。


 クルクルの縦ロールの髪型はまさにその象徴といえる。


「お初にお目にかかります。私はセシリア・ノイマンと申します。父と母がお世話になっております」


 セシリアはちょこんとスカートをつまみ貴族風の挨拶をする。


「おや、君はノイマンさんのお嬢さんだね、大きくなった。お母さんにそっくりだからすぐに分かったよ。君が小さい頃にはあったことがあったんだけど、まあ覚えてないよね」


 どうやらセシリアの両親とソフィアの両親は知り合いのようだった。


「おっと、セシリア、その話は後でするとして、で、こちらのお嬢さんがルームメイトのルーシーさんだね? 手紙に書いてあったよ、娘がとてもお世話になったそうじゃないか、自己紹介の挨拶を考えてくれたそうだね」


「あ、はい。こちらこそ、ソフィアさんとは仲良くさせてもらっています。ルーシー・バンデルです。えっと、レーヴァテイン様」


「俺のことは気軽にカイルと呼んでくれよ。それにレーヴァテインだと、シャルロットと間違えやすいからね」


 ルーシーはカイルの顔を正面から見る。


 はて、どこかで見たことが有るような無いような。

 そんな違和感を覚えたが、きっとたまに見る夢に出てきた謎の剣士と記憶が混同しているのだろう。

 少しだけ首回りに寒気を感じるルーシーであった。


 ジャンとアンナも自己紹介を終えると、アランが少しぎこちない態度でカイルに向かう。


「いやー、あの少年君が、まさか魔獣王ベヒモスを倒したあの英雄王とは、俺っちびっくりっすよ」


「え? アランおじさんはソフィアさんのお父様と知り合いだったの?」


「いやー、一度会ったことがあるってだけで、知り合いってほどの事ではないっすがね。おっと失礼、俺っちはアランと申しやす。お嬢の両親に頼まれて護衛を任せられた冒険者っす。以後お見知りおきを」


 カイルは驚いた表情で言葉を返す。


「そのしゃべり方。貴方は! ……いいえ、ここでは止めておきましょう。では皆さん、立ち話もなんですし、さっそく馬車に乗りましょうか」


 こうして一同はレーヴァテイン伯爵夫妻の用意した高速馬車に乗り込み、グプタを目指すことになった。

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