第87話 キャンプ実習⑫

「むー。キャンプの最後のイベントはゴミ拾いだったか……」


 ルーシー達はテントを撤収した後、周囲のゴミ拾いをしていた。


「当たり前だよ、来年もここは使うんだ、来た時よりも綺麗には最低限のマナーだよ。魔物のいない砂漠なんてここくらいなものだしな」


 そう言うマーガレット先生も率先してゴミ拾いをしている。


 そんな中、ルーシーは昨日の岩山にただよう魔力の残滓について思い出した。

「そっか、あのトンネルの中で感じた違和感。あれはベアトリクスの魔力の残滓だったんだ。

 きっとあいつが大暴れしたに違いない。だから魔物も怖がってここには近づかないんだ。あいつ……よその国で碌なことしない。だからグプタに引きこもってるに違いないんだ」


「皆さーん! そろそろ迎えの馬車がつきますよー。忘れ物がないかチェックしてねー」

 イレーナが大声で生徒達に呼びかける。

 ルーシーはわずかに海の香りのする砂漠のキャンプ場に別れを告げた。



 ◆◆◆



 ズーンッ! 地響きと共に巻きあがる砂ぼこり。


 一瞬で砂漠に大きなクレーターが出来ていた。

 それは貴族の屋敷がすっぽりと入る大きい大穴であった。


 クレーターの中心からは、ぐしゃりと魔物の体液と血液を混ぜたようなミンチ状の肉塊から新たに再生した四肢が延びる。


「くそっ! 油断した。修復を急がねば」


「急ぐ必要はない、ゆっくり回復してくれ。ここはグプタではなくカルルク砂漠のど真ん中だからのう」


 肉塊と化したヘイズの前にベアトリクスは立っていた。


 砂漠の風に青いドレスのスカートをなびかせながら優雅に佇んでいた。


「おのれぇ、ベアトリクス。だが貴様の言うとおり、ここは砂漠よ。貴様のフィールドではあるまい。お前の強さは海にあるのだからな!

 それに比べてここは砂漠。俺の集めた魂は全て砂漠の魔物だ。地の利は我にあり。


 はっはっは、いくぞ。恐れおののけよ、俺の本気、魂を全て開放した真の姿を!」


 ヘイズは、そう言うと、肉塊は風船のように膨らむ。

 そこから、あらゆる砂漠の魔物の腕や脚、牙に毒針が生えてくる、そして人間と思われる腕も見られた。


 やがてその肉塊はグプタの外壁よりも高くそびえ立ち、歪な巨人のようであった。


 最終的に人型を保ったのはヘイズの人間としての最後の意志である。

 数千の魔物の魂を吸収しつつも人であることに執着した彼は、ここに来て、ようやく有象無象の魂を服従させる事に成功したのだった。


「どうだ、海のドラゴンロード。貴様が再びドラゴンに戻っても、この砂漠よ、貴様とて完全な力はだせまい……」


「うーん、たしかに海を使えば地上の生き物全てを数回滅ぼすくらいの力は出せるけど、別に必要ないかなー。っていうか、……お前、本気で私を倒せるとでも思っていたのか?」


 ――ベアトリクスの語気が変わる。


 そして次の瞬間。


 ヘイズの前に、青く輝く巨大なドラゴンが現れた。

 長い胴体の半分は砂の上に寝そべっているが。

 上半身を垂直に伸ばしヘイズの頭部を睨む。


『ふう、久しぶりに人化の魔法を解いたが、少し太ったようだのう。たまにはダイエットというやつも必要かもしれんな。お前もそう思うだろう?』


 ……ヘイズは後悔した。


 なまじ力を得た彼には良くわかるのだ、目の前のベアトリクスは決して触れてはいけない災厄であったと。


『では、久しぶりにドラゴンブレスを放つとしよう。1000年のブランクがあるからコントロールはいまいちだがの、まあその図体なら当たるだろう。

 では、さようなら。ルシウスにまた会うことがあったらお前の事を話してやるよ。まああいつはお前のことなど憶えていないかもしれんがな、なんせ奴は馬鹿でガキだからな』


 ――海のドラゴンロード・ベアトリクスの口から光が放たれた。

 それは巨人となったヘイズを消滅させ、光の線は地平線の彼方まで伸びていった……。


『あっ! 失敗した。あの方向はカルルク帝国の首都があったというのに……』


 ベアトリクスは再び人化をすると、やや慌てた様子で魔法を唱える。


「グレーターテレポーテーション!」


 ベアトリクスの放ったドラゴンブレスは間一髪、首都ベラサグンの手前の砂漠の岩山に着弾していた。


「ふう、大丈夫だったか。この岩山のおかげで間一髪といったところかな」


 そこには溶けてどろどろになった溶岩と、円柱状にえぐれたトンネルの空いた岩山があった。


「さてと、ゴミ掃除をしたいところだが、ヘイズの集めた魂とやらは、うーむ、矮小過ぎてよう分からんわ。

 まあ仮に生きていたとしても、二度とグプタに来ることはあるまいか。それに砂漠は好かん。

 そんな事よりも今はクロードが心配だしな。今のあやつは疲労困憊、ヘイズの呼び出した魔物が今ので死んでくれればよいが、最悪の事態を想定せねばな。

 あやつに死なれては、クリスティーナと子供たちが可哀そうだ」


 こうしてベアトリクスは再びグレーターテレポーテーションを唱えると砂漠から姿を消した。


 ベアトリクスが西グプタの外壁前に戻ると、そこは戦勝気分に沸いており兵士たちは彼女の帰還を喜んだ。


「ふ、さすがクロードよ。たしか千匹の魔物だったはずだが。全て倒すとはお前も人間をやめたのかな?」


「まさか、城壁から弓や投石、そして魔法使いの支援がありました。ベアトリクス様が姿を消すまでに我々も万全の体勢を整えることが出来たのですよ」


「クロード隊長の言うとおりです。お忘れですか? 俺達は女神様のお役に立ちたい一心でグプタ警備隊になったのです!」


「ああ、すまん、お前達もいたね。でも危ないことはするんじゃないよ、私はお前達には死んでほしくないぞ? だが今回はよくやった、では祝勝会でもせねばな」


 若者から中年まで現役のグプタ出身の警備隊はベアトリクスの帰還を喜び、宴を始める。



「ところでクロードよ、この間、子供が生まれたそうではないか。おめでとう、でどっちなんだい?」


「はい、男の子です。名前は二人で話し合ってレオンハルトにしました。恩師であり、俺達を引き合わせてくれた大切な人の名前ですので」


「ほう、良い名だ。それにルーシーも姉になれば少しは落ち着くだろう。

 なんだっけ? 我はドラゴンロード・ルーシーである。だっけ? 最初に喋った言葉がそれとは爆笑だったぞ!」



 ………………。


 …………。


 ……。



「……俺はまだ生きているのか。だが……クソッ! 全ての魂のストックを失ってしまった。

 とっくに寿命の尽きた俺の魂では……ふっ、俺はこのまま砂漠で果てるのか……」


 日が暮れる、そして夜が明ける。それは何度か繰り返された。

 だがヘイズは一歩も動けない。

 元々の彼の肉体はとっくに朽ち果てているのだ。回復魔法を繰り返しているとはいえ、未だに意識があるのが不思議だった。


「おい! 例の爆発跡だ。へへ、こんな大規模な爆発、マスター級の魔法使い同士の戦争に違いない。ここにはきっとお宝があるはずだぜ」


 近くから人の声が聞こえた。


「ハイエナ共か、戦争が終わると必ず現れる卑しい盗賊。

 ……だが僥倖、まだ俺は死なない。『ソウルスティール』!」


 ヘイズは戦場跡だと信じて遺品を奪いに来た一人の男の魂を喰らった。


 魔物の魂が全て無くなり、理性のあるヘイズは男の記憶を分析した。


 男はカルルク帝国で普段は魔法道具屋の店主をしているようだ。


「だが……、こやつ、エフタル貴族連合という闇の組織の構成員だったか。そして出自不明の魔法道具の取引をしている。ちょうどよい、しばらくは奴の記憶を活用して闇に潜るとしよう……」


 こうしてヘイズは男の身体を乗っ取り、魔法道具屋としてカルルク帝国の首都ベラサグンに身をひそめることになる。


------第五章完------

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