第六章 帰省

第88話 期末試験

 夏休み前に最大のイベントがあった。

 キャンプ実習はある意味で娯楽要素があったが今回は違う。


 魔法学科の期末試験である。


「では一年生諸君。例の的当てを始めます。今回は試験ですので真面目に採点しますよ? 不合格の生徒は……いないと思いますが、不合格の場合は夏休み返上で補習授業となります。私だって夏休みを楽しみたいのです……皆、覚悟はいいですね!」


 生徒達は試験会場である学園内の訓練場に集まる。

 ここは最初の授業でお世話になった場所だ。


 ルーシーは緊張していた。実力的には試験はクリアできるだろう。

 だが、万が一失敗したら夏休みはお終いなのだ。緊張するに決まっている。


 周りの生徒達は余裕の様子であった、夏休みに何をするかの話題で持ちきりだった。

 当然のように合格した生徒達は互いにハイタッチしながら訓練場を後にする。


 ニコラス殿下も余裕でクリアした。 

 涼しい顔でルーシーを励ますと、他の生徒同様に訓練場を後にする。

 

「ぐぬぬ、私だけが緊張しているということなのか……おのれー。我は呪いの――」


「ルーシーさん。この試験は呪いの魔法は必要ありませんわ。それに闇の魔法に対する防衛術の試験は満点合格だったじゃありませんの? そんなに緊張しなくても……」


 そう、前日に行われた選択必修科目、闇の魔法に対する防衛術の試験はルーシーは楽勝だったのだ。


 課題は禁止された魔法道具『奴隷の首輪』を自力で解くこと。


 奴隷の首輪は呪いのアイテムの一つ。

 一度首輪をはめられたら意識を失い、術者の言いなりになってしまう恐るべき魔法道具である。

 当然、現代では人道的な観点から使用は禁じられている。


 外すには術者が呪いの解除をするしかないのだが、もう一つ方法がある。

 いくつかパターンのある呪いの術式を瞬時に読み取り、それに対応した鍵となる魔法を唱えること。


 当然、相手の術者にバレないように無詠唱で唱える必要があるので高度な魔法と言える。


 これの利点はわざと奴隷になったふりをして、術者に疑われることなく奴隷という立場で術者の懐に潜ることが出来る点だ。

 所謂、敵対する貴族に対して、スパイの任務に使われることが多かった。


 一応ルーシーも術式は学んだが……それは徒労に終わってしまった。

 なぜなら、ルーシーが奴隷の首輪をはめた瞬間に、魔法の鍵が解除され、何もせずに合格したのだ。


 ルーシーの呪いに対する完全耐性のおかげであったのだが、ルーシーとしてはずるをした気がして何とも言えない気持ちであった。


 ソフィアを含めた他の生徒は何度か失敗。根気よく挑戦してなんとか全員合格だった。


 もっともマーガレット先生は失敗しても授業に出席していれば最低でも合格ラインの60点はくれるつもりではあった。



「……ソフィアさん。あれは、たまたまだよ。でも今回は違う。必死で覚えた魔法が的から外れたら落ち込むし、夏休みがかかっている。頑張らないとって、よけいに緊張しちゃうんだよ」


 そうしている間にいよいよルーシーの番が来た。


 訓練場の射撃場まで一人歩くルーシー。

 その背中をソフィアは見守る。


「さて、ルーシーちゃん、緊張してるね? よいよい、学生はそうでなくっちゃ。まったく初級魔法なんて楽勝とか最近の子は生意気なんだから。先生としては溜息ものだったよ」


 イレーナが隣に立ってルーシーに話しかける。きっと彼女なりにリラックスさせようと思ってのことなのだろう。


「イレーナ先生。ありがとう、私頑張る……」


 キリッと真面目な表情に変わるルーシー。


「よし、その調子。じゃあ、今からルーシー・バンデルの実技試験を始めます。タイミングは任せるわ」


 目の前には的が三つ。

 それぞれに初級魔法である、ファイアアロー、アイスニードル、ストーンバレットをそれぞれ10回放ち、6回命中すれば合格だ。


 まずは一番最初に覚えた魔法で最も直進性があるアイスニードルを選択する。


 カン、カン、カン、と次々と的に当たる音が響く。


「よし、10発命中。まずはよし!」


 続いてストーンバレット。

 石を飛ばす魔法だが、訓練場の砂は細かくサラサラで安全性に配慮されてる反面、石を固めるのに魔力が多めに消費してしまう。

 地形効果の影響が出やすい魔法である。


 ルーシーは魔力を込める。


「いけ! ストーンバレット!」


 命中したのは8発。合格点だ。


 最後はファイアアローだ。

 火の魔法は最も威力のある属性魔法だが、同時に扱いが難しい。

 唯一実体のない炎を操るので魔力の制御がより難しい。そして間違えると自身も火傷をしてしまうリスクのある魔法だ。


 だがルーシーとて真面目に勉強したのだ。

 時には居残りをしたり、教え上手のリリアナに分かりやすく教えてもらったりと、とにかく頑張った。


「これで最後だ! いけ―! ファイアアロー!」


 こぶし大の火の玉が的にむかう。

 質量がないため直進させるのにも魔力と集中力が必要だ。


 最初の一発ははずれ、続いて二発目は……はずれ。三発目当たり、四発目当たり。五発目……はずれ。


 …………。

 ……。


「ごめん、遅くなった。遅刻じゃないよね」


「セシリアさんどちらにいらしたのですか? 試験はもう始まっています。セシリアさんは最後に回してもらいました」


「うん、ありがとう。ちょっと父上から連絡があって……で、ルーシーさんはどうだったの?」


「それが……今、火傷の治療中でして、本人が戻るまではなんとも……。

 あ! いらっしゃいました。ルーシーさんどうでしたの?」


「ふはははは! 合格だー! やったよー、ブイッ!」


 セシリアがたまにするブイサインを真似するルーシー。


「良かったですわね。これで夏休みはご一緒できるってことですわね!」


 試験は無事合格、炎の魔法はぎりぎり6発命中であった。

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