第75話 魔法使いの在り方③
闇の執行官ヘイズはしばらくは迷宮都市タラスに潜んでいた。
誰にも会わず、静かに……。
たまに法を犯した愚かな人間の魂を奪い命を繋いだ。
だが状況はヘイズにとって良くない方向に向かう。
タラスの臨時総督としてルカ・レスレクシオンが就任するようだった。
ヘイズは思う。
あの木偶の棒がタラスの総督を収めている間はここは安住の地であったが、元エフタル辺境伯でカルルクの民の信任もあついルカ・レスレクシオンに危機感を覚えたのだ。
そもそも異例中の異例。エフタルの元貴族が臨時とはいえ総督になるのだ、それを補って余りあるほどに優秀であろう。
それにスタンピード騒ぎでタラスの街はざわついている。
……ここにはいられない。
ヘイズはその噂を聞くと直ぐにタラスを出て南へ行くことにした。
行く先々では必ずタラスの状況を聞いた。
カルルクの首都ベラサグンにつく頃には驚くべき情報を入手した。
なんと、あの呪いのドラゴンロードが討伐されたというではないか。
ヘイズは絶望したが同時に安堵したのだ。
ふ、やつも所詮はただの獣であったか……。あれほど焦がれたドラゴンロードの力でも人間に殺されるのだ。
ならば俺は……
その時に彼は決心した。
当面は闇に潜むことを。
カルルク帝国の首都ベラサグンで誰にも見つからぬよう、ひっそりと生きる。
生きる為になんでもしよう。生きてさえいればいつか面白いものを見れるかもしれないからだ。
だが同時に疑問は残る、はたしてそれは生きていると言えるのだろうか……。
それでも、ここで人の魂を喰らってしまえば直ぐに捕まり処刑される。
……仕方ない。幸いにもカルルクには魔物のいる広大な砂漠があるのだ。
ヘイズは再び人里を離れ魔物の魂を喰らい生き延びる決断をした。
◆◆◆
キャンプ実習前日。
女子寮、ルーシーとソフィアの部屋にて。
「アラン先生のおっしゃる通り大きいカバンを買って正解でしたわ。……でもこれを背負って歩くのって結構疲れますわね。もう一回荷物を厳選しないと」
試しに背負ってみたソフィアはあまりの重さにカバンを降ろし荷物を確認する。
「ちなみにソフィアさんのカバンには何が入ってるの?」
ソフィアはカバンの紐をほどくと中の物を一つずつ取り出す。
夜間の寒さ対策のコートに寝袋にブランケット。着替えが三日分。携帯用の魔石コンロに、ヘアドライヤーに専用ブラシ、そして鏡など。
キャンプの必需品であるテントや調理器具等は学園が用意しているが、それ以外は全て自前がルールだ。
「ソフィアさん、ヘアドライヤーも持ってくの? さすがにキャンプには必要ないんじゃ……」
「たしかに必要ないですわ。でも必要なのです。ルーシーさんだって気持ちは分かるでしょ?」
ルーシーとておしゃれに無頓着ではない。だがソフィアのクルクルヘアーを維持する為だけにカバンの容量の三分の一を占有している。
そしてもう一つ、防寒着であるコートもしっかり三日分綺麗に折りたたんで入っていたのだ。
「ソフィアさん。コートは一着でいいんじゃ……、毎日同じ服着てたって、キャンプでは誰もなにも言いませんって。下着類だけ三日分用意してればいいかと……」
「え? そうなの? でもそれだと……」
ソフィアはやはりアウトドアの経験は無いようだった。
ルーシーはリゾート地であるグプタ出身である為、キャンプの経験も何度かある。
ここはソフィアに一歩リードできて少し嬉しかった。
魔法では教えてもらってばかりであったからここは恩返しをしないと。そんな気持ちだった。
ルーシーのアドバイスによって荷物は厳選されていった。
「ふう、カバンがだいぶ、ぺしゃんこになってしまいましたわ。これならもう少し小さなものを選択すべきでしたわね」
「いいえ、ソフィアさん。ここで一番大事な物。いつも使ってる枕を入れなきゃ。キャンプはただでさえ興奮して眠れなくなるから。いつもの枕、これはとても大切なの」
「ああ、なるほど、さすがはルーシーさんですわね。でも、それなら私としてはヘアドライヤーを……」
「ソフィアさん、それが重さの原因になっています」
ヘアドライヤーは魔法機械の一種であり、魔石と機械部品を含めた重量はかなりのものだった。
普段は送風ノズルしか持っていないためソフィアは本体の重さを考慮にいれていなかったのだった。
「大丈夫です、ソフィアさんはストレートヘアでも全然素敵です」
「うーん、ルーシーさんがそういうなら、しょうがないですわね。でもお母様みたいな髪型でちょっとだけ嫌なのですわ」
ソフィアが言うには、髪をストレートにすると外見が母にそっくりになってしまって、自分が一気に老けて見えるそうなのだ。
だが、ルーシーに言わせればお風呂上がりの時に見たストレートヘアのソフィアはより幼く見えた。
問題は客観的な外見の若さではなく、母そっくりになるのが嫌なのだろう。
ルーシーとて髪を伸ばしたら母そっくりになるだろう。今年で30歳の母。
ということは自分も老けて見られるという事だろうか。その辺はよく分からなかった。
でもお父様は喜んでくれる? でもそれは母のそっくりさんでしかない。
ここでルーシーは気付いた、なるほど、ソフィアも自分なりに母とは違う自分らしさを見出そうとしているのだと。
「でも大丈夫。私はソフィアさんのお母様は知らないし、むしろ私はストレートヘアのソフィアさんも見てみたいかな? とってもかわいいと思うし」
「うふふ、そこまで言ってくれるなら分かりましたわ。でも、私の母は結構有名人ですから間違えられると困っちゃいます。ですのでキャンプ中はずっと一緒にいてくださいね」
こうして、剣二本分の重さがある魔法機械ヘアドライヤーは元の位置に戻され、ソフィアのカバンの軽量化はなされた。
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