第74話 魔法使いの在り方②

 男はひたすら歩いた。


 エフタル王国の国境壁外の北方、魔物の巣窟であるバシュミル大森林をひたすら歩いた。


 なぜ魔物の巣窟である北方を選んだかというと、広大なエフタル王国の国土を南下するのはこの身体では不可能だからだ。


 最早自分は人間ではない、しばらく鏡を見てはいないが見なくても分かる。自身の身体はもう人間のそれではない。


 皮膚は崩れ落ち、何とか闇の魔法で人間らしい形を保っているに過ぎないのだ。


 ボロボロのローブを纏っている姿はまさに物語に登場するアンデッドの王のようだった。


 それでも魔物の森よりは南下をした方が生存率は高いだろう。

 人など簡単に殺せるのだ。そうすればいい。


 だが、彼の理性は寸前のところで彼の破壊衝動を思いとどませる。

 仮にそれをしてしまえば、いずれはグプタで最も敵にしてはいけない海のドラゴンロードの怒りを買う。それはすなわち死だ……。


 ここは魔物の森である。当然無防備な者は人間でなくとも容赦なく襲われる。


 男はマンイーターに襲われる。


 マンイーターとは人の倍の体躯はあるネズミのような魔獣で、鋭い牙と爪、そして集団行動をとるため群れに出くわしたら厄介な存在だった。


 だが、幸いなことにマンイーターはただの一匹。片目は潰れ、体中が傷つき、牙は折れていた。


 男は笑う。

「ふっ。貴様も群れから追い出されたと見える。気が合うじゃないか。お前も存在を否定されたのだな……。

 ではみじめな落伍者同士、底辺の生存競争に終止符を打とうではないか」


 …………。


 数秒で戦闘は終わった。

 手負いのマンイーターが爪を振りかぶろうとした瞬間。男の魔法がマンイーターを一瞬で絶命させたのだ。


 マンイーターの身体は魂が抜けたようにその場に倒れた。


「極大呪術『ソウルスティール』。相手の魂を吸収して寿命を伸ばす禁忌中の禁忌ではあるが。

 慣れてしまえば何も思わない。……しかし俺はこの魔法を何回使っただろうか、もう俺がどこの生まれで何者だったのかも思い出せない。

 思い出すのはドラゴンロードへの執着のみ……やつは今どこにいる」


 男はかつてエフタル王国でもエリートであるとされる宮廷魔法使い。

 そして王直属の対貴族専門の特殊部隊である闇の執行官という役職であった。


 だが、彼は『ソウルスティール』によって同僚や部下を殺めてしまったために逃亡を余儀なくされたのだ。

 自身の執着である永遠の命の為に……。


 崩れ落ちる彼の皮膚からは、新たに灰色の毛に覆われた皮膚が再生された。爪は長く人間の手とは乖離していた。


「ふっ。魔物の魂を受け入れたしまったせいか……。あと何度か繰り返せば俺も人ではなくなってしまうかもしれん。いや、既に人ではないか……。

 しかし、この魔法も欠陥だらけだ。元々の俺の人格はどれだけ残っているのだろうかな。

 ハヴォックの奴は宝石箱に魂を保存して古美術商の流通網に紛れてしまったし、奴を見つけるのも今では不可能。肝心のドラゴンロードには会えない」


 彼は、バシュミル大森林を歩いていればかつて生贄にされた時のように、また呪いのドラゴンロードに会えるかもしれないと藁にもすがる思いであった。

 なぜならば彼の闇の魔法の力はドラゴンロードに授けられたのだから。


 そして彼は何年も森をさまようのだった。


 当のドラゴンロードは既に彼に関心などなく、彼自身がドラゴンロードの興味が自分には全くないのだと悟るまでには彼の姿は完全に人のそれではなかった。


 いくつもの魔物の魂を吸収した彼は、人と魔物の増悪を凝縮した禍々しい化け物と化していた。


 もしも、呪いのドラゴンロードが今の彼を見たら多少の興味は沸くかもしれない。

 だがこの時のドラゴンロードの興味はエフタルの第四王女に向けられていた。


 彼は自分が何者なのか自問自答を繰り返しながらバシュミル大森林を抜け、遂にカルルク帝国の最北端、迷宮都市タラスに到着する。


「……人がいる。久しぶりだ。俺はまた、人として生きよう。名前は……思い出せない。そうだ、俺は、闇の執行官ヘイズ……だ」


 かろうじで覚えていた前職とコードネーム。彼はヘイズとしてしばらく迷宮都市タラスに潜むことにした。



 ◆◆◆



 女子寮にて、就寝前のひと時を楽しむルーシーとソフィア。


 セシリアから貰った、眠気を誘導するリラックス効果があるという謎のハーブティーを飲みながらルーシーはソフィアと談笑をしていた。

 

「ねえ、ルーシーさん。もうすぐキャンプ実習ですし、週末に班の皆でお買い物しましょうよ」


 キャンプ実習の班はソフィア、セシリア、リリアナにルーシーである。 

 もちろんこれは同じテントで寝泊まりする最小の班分けであり、日中は男女混合の班分けとなる。


「お買い物? うん、それいいね。でも私、キャンプって何を買えばいいか分からないし」


「うふふ、私もですわ。でも引率にはイレーナ先生とアラン先生がついてきて下さいますし。そうだ、アラン先生にお買い物に付き合ってもらいましょう」


「うーん、アランおじさん忙しそうだし、迷惑じゃないかな。特に最近は皇子様のやらかし案件で調査依頼があるって言ってたし……一応明日の授業の後に聞いてみるけど……」


 翌日。

 レンジャー科目の授業を終えた後、アランに相談するソフィアとルーシー。


「もちろんいいっすよ! むしろ感心っす。

 お嬢達はキャンプの本質を理解してると言えるっす。意識高い系の皆さんは勘違いしがちっすからね。

 確かに極限の状況でいかにサバイバルをするかは勉強にはなるっすが、それは極限の状況で無い限りは何の役にも経ちませんからね。


 例えばナイフ一本でサバイバルとか、最近の若い連中はドヤ顔でいいますがね。ナイフ一本の状況は既に詰みなんっすよ。


 むしろナイフ一本で生きる術よりかは、計画通りの日程で最も効率のよい道具を自分の持てる範囲で使いこなす知識と経験を先に学ぶのが最も重要っす。


 まあ、ナイフ一本云々はその後やればいいんですよ。それこそ趣味の範囲で。

 その点でいえば、キャンプを前に専門家である俺っちに相談に来たってことは危機管理の観点で言えばそれだけで合格点っす。

 おっと、今のは内緒っすよ、身内びいきもほどほどにって言われてるっすから」


 こうして女子チーム4人は来週のキャンプ実習に向けて万全の買い物をすることが出来たのだった。

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