第54話 憎悪の君の祝福①

 闇の魔法に対する防衛術の授業を終え、ニコラス殿下の邸宅へ向かうルーシーとソフィア。


 ニコラス殿下は王宮ではなく学園の近くにある高級住宅街の一軒家を借りて過ごしているようだ。


 綺麗な石畳の通りをしばらく歩くと、殿下の邸宅に到着した。


 狭い庭ではあるが、きちんと手入れされた綺麗な庭を歩くと、ソフィアは玄関のベルを鳴らす。


 …………。


 誰も出てこない。


「おかしいですわね。家には執事さんかメイドさんが必ずいるはずですのに……」


 留守なのだろうか、しばらく玄関の前で待っていると。


 ちょうど庭の外を通り過ぎた一人のふくよかで裕福そうなおばちゃんが玄関の前で佇む二人の少女に声を掛けてきた。


「おや、あんた達、オリビア学園の学生さんだね? ちょっと聞いとくれよ」


 どうやら、なにか異変があったようだ。


 殿下が学園を欠席したのは分かっている。

 だが、おばちゃんの話では、普段庭の手入れをしたり、近所の人ともよく会話をする。執事さんやメイドさんが一度も外に出ていないそうだった。


「なら、今日はお留守ってことかしら? 王宮から呼び出しがあったとか、それなら納得はいきますわね」


「それがねぇ、中から時々物音がするから、いるにはいるみたいなのよ。

 もしかしたら殿下は病気にかかってしまったのかしら。……でもよかった、殿下のお友達がお見舞いに来てくれたのだから、しかも女の子が二人。殿下も隅に置けないわね。おかげで安心したわ」 


 そういうとおばちゃんは買い物の途中だったのだろう。そそくさと商店街に向かって行った。


「ニコラス殿下、病気だったんだ。なら少しご挨拶して帰りましょうか」


 ルーシーはそう言うと、再び玄関のベルを鳴らすが誰も出てこない。

 ドアノブを回すと、扉が開いた。


「鍵がかかってない。やっぱり中にいるんだよね。ソフィアさんどうする?」


 普通、誰もいないであろう家のドアを開けるのはマナーとしてどうかと思う。


 だが、グプタでは基本、そんなマナーよりもご近所づきあいが大切である。

 

 それにグプタは年中暑いので、お客様を外で立ちんぼさせる方がマナー違反であった。

 もちろんそれは親しい間柄での話だが。だからルーシーは自然にドアノブを回してしまったのだ。

 

 ソフィアだったらそんなことをせずに諦めて帰っただろう。


 だが今回はルーシーの行動は正しかった。

 開け離れた扉の奥からは何か異様な気配がしたのだ。


「ルーシーさん……中から何か違和感。というか、禍々しい魔力を感じますわ。……思ったよりもヤバいかも、何かの事件に巻き込まれてないといいけど……」


 ルーシーには何も感じなかったがソフィアが言うなら間違いないだろう。


「なら、いったん学園に戻ってイレーナさんに相談しよっか――」


 ルーシーが言い終わる前に、屋敷の奥からガシャンとガラスの割れる音が聞こえてきた。


 そしてニコラス殿下の声が聞こえた。


『だ、だまれ! 怨霊ごときが! 俺の身体から出ていけ!』


 ルーシーに悪態を吐く時ですら、そんなに声を荒げなかったニコラスが今は悲痛な叫び声を上げていた。


「――っ! ただ事ではありませんわ。戻ってからでは間に合わないかもしれません。私はカルルクの貴族です。殿下を助ける義務があります。……でもルーシーさんは」


 ソフィアはルーシーには学園に行くように言おうとしたが。


「私はソフィアさんの親友ですから、親友を助ける義務があります」


「でも、ルーシーさんの魔法では……」


「大丈夫! 実は私のハインド君は真の姿を隠していたのだ! いでよ、ハインド君!」


『マスターの招集により参上いたしました。我は闇の――』


「省略! 緊急事態! 完全具現化を許可します」


『ふふ、久しぶりですな。余程の事件と推察いたします』


 ソフィアは口をあんぐりと開けて、一瞬止まってしまった。

 あの、もやもやの闇の精霊ハインド君が、今は実体化している。

 立派な黒のローブをまとい、フードの隙間から覗くのは禍々しい頭蓋骨であった。


「か、かっこいい……。はっ! 今はそれどころではありませんわね。ルーシーさん、どうしますの?」


「うん、とりあえず私たちの先頭に立ってもらって、その後に続きましょう。何かあってもハインド君なら対処ができる。でしょ?」


『はい、お任せを。万が一があっても私は死ぬことはありません。なぜなら既に死んでいますからな。はっはっは』


 ハインドは骸骨の手を顔の前にかざしポーズを取ると。意気揚々とローブの裾をひるがえし二人の先頭に立った。


「かっこいい……。でもルーシーさん。やはり貴族の義務に親友を巻き込むのはレーヴァテイン家としては本意ではありませんので、できれば逃げてほしいのですが……」


「たしかに義務じゃない、でも私は一緒に行くよ? それに家とかそう言うのじゃなくて、ソフィアさん自身としてはどう思ってるの?」


 ルーシーの言葉にソフィアは安堵する。

 もし一人になってしまったらと、心細かったのだ。


「……もっちろん! 嬉しいし心強いですわ!」

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