第55話 憎悪の君の祝福②
ニコラス殿下の邸宅に入る。
そんなに広い家ではないが、窓を閉め切っているのか室内は薄暗く不気味だった。
ハインドを先頭にルーシーとソフィアはニコラスの邸宅の奥へと進む。
どうやら、ニコラスの声がしたのはダイニングルームの先である。
先頭のハインドがダイニングルームに入る。
足を踏み入れた次の瞬間。
細身の剣がハインドの胴を貫いた。
当たり前だが、ハインドは骸骨である。もちろんダメージなどない。
剣はあばら骨の隙間をとおり背中のローブから剣の切っ先が飛び出す。
ハインドは攻撃をしてきた者の細い手首を素早く掴むと軽々宙に持ち上げる。
じたばたしながらも、何とか抵抗しようと足でハインドの股間をけり上げているのはメイド服を着た女性であった。
「ハインド君! 大丈夫? 今、剣に刺されたような気がしたけど……」
『マスター、私に刺す場所などありませんのでご安心を。さて、この女は屋敷のメイドのようですな。しかし、メイドにしては弱い。
いや、そもそもの話、メイドが強い訳ないか。……私の記憶がおかしいようですな。さて、マスターいかがしましょう、生かすも殺すも――』
「ちょっとまって、そのメイドさんの首、あれって奴隷の首輪よね。ソフィアさんはどう思う?」
手首を捕まれたまま空中でじたばたするメイド、相変わらずハインドの股間を蹴り上げる。だが彼女は一言も声を発さなかった。
「そうね、彼女の服は清潔ですから、奴隷の首輪をはめられたのはここ数時間と言ったところでしょう。しかし、奴隷の首輪とは……。
ルーシーさん、さっきマーガレット先生に教えてもらいましたわね?」
「うん、呪いの魔法道具。一度はめられると術者以外には解除されないって。そして自我は無くなり、主人の言う事をただこなすだけの物言わぬ人形になるっていってた……」
何が起きたのだろう。
ソフィアは、メイドの手足をロープで拘束する。
レンジャー科目で得た知識は役に立った。
メイドを拘束すると三人は再びダイニングルームの奥へ進む。
奥へと通じる扉を開くと案の定ハインドは何者かの攻撃を受けた。
ナイフの投擲による連続攻撃を受け、ハインドのローブはズタズタに引き裂かれた。
当然だが、ハインド自身にダメージはない。そして引き裂かれたマントも直ぐに元に戻る。
奥からは初老の執事が斧を手にハインドに襲い掛かる。
体重の乗った一撃であったが、ハインドは斧の刃を骸骨の手でそのまま受け止める。
『ふ、執事殿よ、我にはその程度の武器など効かぬ。なぜならば、我は偉大なる呪いのドラゴンロード・ルーシー様に――』
「ハインド君、省略! そのお爺さんも奴隷の首輪を付けてる、抑えて頂戴」
ソフィアは執事の手足もロープで縛る。
「私、なんだか盗賊になった気分ですわ。ルーシーさんだってロープワークは出来るでしょ?」
「ううん、出来ない。だからソフィアさんにお願いしたの……」
「もう、まったく。ルーシーさんズルは良くないですわね、でしたら来週アラン先生にもう一回教えてもらいましょう。
アラン先生だって気付いてるはずですし」
『マスター。ズルは良くないですな』
「ぐぬぬ、ズルではない、あとでこっそり教えてもらうつもりだったのだ!」
メイドと執事をロープでグルグル巻きにすると、ダイニングルームの隅に寝かせる。
起きているのか寝ているのか分からない。手足を拘束されると急に大人しくなったのだ。
これが人間と言えるだろうか。いくら罪人に対する処罰の為の魔法道具とはいえ、廃止されたのは当たり前のことだと理解した。
そして、三人はダイニングルームから廊下へ進む、奥に半開きの扉が見える、おそらくニコラス殿下はあそこにいるだろう。
「じゃあ、ハインド君お願い」
『はい、マスター。しかし、嫌な予感がしますな。マスター達はもう少し後ろに居てください、どうもあの部屋に満ちた魔力には既視感が――』
次の瞬間。
ハインドの横の壁が崩壊し巨大な剣がハインドを襲った。
巨大な鉄の塊、剣というよりかはギロチンの刃のようだった。
不意を突かれた、ハインドはなすすべなく首を切断され、黒い霧となり消滅した。
一瞬のことにルーシーは何が起きたのか分からなかった。
そして、崩壊した壁の中、おそらくは隣の部屋であろう、そこから黒い甲冑の騎士が出てきたのだ。
「う、うそ。あれは、『亡者の処刑人』。 そ、そんな! 無理よ、に、逃げなければ……」
ソフィアはそう言うが、腰を抜かして動けない。
それにたった今、ハインドが殺されてしまった。万事休すだ。
「嘘、ハインド君、死んじゃったの? ……いでよ! ハインド君」
次の瞬間、ハインドは霧散する霧の状態から直ぐに元の姿に戻った。
ルーシーは自身の魔力の消耗を感じたことで納得する。
ハインドは死なない。自分の魔力がある限りは何度でも呼び出せると理解した。
『マスター。油断しました。とりあえず奴から距離を取りましょう。出来れば逃げることを進言しますが』
言うと同時にハインドは両手でルーシーとソフィアを抱えると、ダイニングルームまで戻る。
黒い甲冑の騎士は、追いかけてはこなかった。
その巨大な剣を床に突き刺し、仁王立ちのまま微動だにしなかった。
ソフィアは動揺していた、だが両手で頬を思いっきり叩く、そして冷静になると目の前の黒い甲冑の騎士について説明をした。
「……不味いですわね。あれはマスター級を越えた、ごく一部の魔法使いにしか使えない最強の魔法のひとつですわ。
その名は極大死霊魔法、最終戦争、第二章、第三幕『亡者の処刑人』と言いまして。
術者の命令により、敵と認識した者に対しては、どこまでも追いかけて首を刈る、恐るべき召喚魔法よ」
『ふむ、我も思い出しましぞ、確かにあれは亡者の処刑人ですな。魔法使いの天敵といえる厄介な存在。
奴の最大の武器は巨大な剣ではなく魔法防御力の高さにある。中級以下の魔法を全て無効化するのです。
つまり奴を倒すには同じ階級である極大魔法か、物理攻撃で奴の首を刎ねるかの二択のみ』
「はっはっは。詳しいじゃないか。てっきり皇室親衛隊の連中かと思ったが、まさかガキ共と……お前は何だ? 骸骨……。まあいい。ガキ共の服装からするに、この身体の元主の同級生といったところか」
崩れた壁の奥から、ニコラス皇子が出てきた。まるで別人のような表情。
見下すような顔は以前と同じだが、その憎悪の深さは昨日見たニコラスとはまるで別人だった。
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