第51話 第七皇子ニコラス
「くそっ! 気に入らない。なんなんだ、あの女は!」
相変わらず悪態を吐くニコラス。
元々はそれほど癇癪持ちではなかったが、最近は特に酷かった。
取り巻きたちは、やれやれと顔を見合わせニコラスのご機嫌を取ろうと話題を変える。
「殿下、所詮は田舎の娘ではないですか。殿下が気にする程の者ではありません。それよりももっと都会的な娘に……」
「それよりも? お前には俺が気にするべき女がいるみたいだ、じつに政治的だな。ああ、そうか、お前には一つ下の妹がいたな。くそ! どいつもこいつも俺を政治の道具にする!」
「殿下、決してそういう言う意味ではありません。どうか機嫌を……」
取り巻きの一人は失敗したと、ばつの悪い顔をする。もう一人の取り巻きはまた話題を変える。
「そう言えば殿下。例の魔法道具はどうでしたか? 期待通りの逸品でしたでしょうか?」
ニコラスはすっと機嫌が戻る。
「ああ、よく聞いてくれた。後でお前達にも見せてやらねばな。あれは凄かった……。なんと旧エフタル王国から持ち込まれた逸品でな。年代的には100年前の魔法道具だったらしいのだ――」
それからニコラスはその魔法道具の話しかしなかった。
その後、彼らと別れニコラスは学園の近くにある自分の邸宅へ帰る。
貴族が住むにはやや手狭だが、平民の家族が住むには十分すぎる間取り。
彼が学生の間だけ借りている邸宅で、そこには彼の専属の執事とメイドが管理をしていた。
「これは殿下。お早いお帰りですな。……まだ少し時間があるように思えますが」
白髪の混じった初老の執事は、皇子の帰りが早いので少し訝しげな表情だった。
「ふっ。安心しろ。初級魔法の授業など、さっさと課題を終えてしまったのでな。さぼってなどいないよ」
ニコラスは嘘はつかない。それはカルルク皇族全員に言えることだ。
しかも皇子はまだ若い、ゆえにストレートな物言いが、たまに周囲に誤解を与えてしまうことがあるのだった。
執事はニコラスの言葉を聞き表情を緩めて言った。
「それはよろしいですな。昼食はまだのようですがいかがしましょう?」
「ああ、そうだな、部屋まで運んでくれ。今日は古い魔法道具の研究で一日中部屋にこもるからな」
「かしこまりました。では手の汚れない物がよろしいですね、後でサンドウィッチをお持ちいたします」
ニコラスは思う。学園の授業はまだ物足りない。だから自分の趣味である魔法道具の研究に没頭するのだと。
寝室とは別の自分の書斎、ここには今まで集めた古い魔法道具の数々が棚にびっしりと並べられている。
かつての魔法使いが愛用した歴史ある物ばかりだ。
昨日は箱から取り出して中身の選別に一日使ってしまったが。興味深い物を一つ見つけてある。
これは年代的に100年以上も昔の代物だ。
ついに見つけたのだ。
宝石箱のような小さな箱ではあったが、これこそが古代の呪いの秘宝の一つ【憎悪の君の祝福】なのだ。
この中身に一体どんな恐ろしいアイテムが入っているのかそれを考えるだけで気分が高揚する。
これが使われた時代のエフタル王国。暴政を繰り返しながらも、一握りの優秀な魔法使いによって支配され、国力や魔法文明の洗練さにおいては当時のカルルク帝国よりも遥かに上だった。
そんな時代の秘宝。ニコラスはそんな歴史の重みに思いを馳せる。
しばらくは箱を眺めているだけで満足していたニコラスだが、中身が気になってしょうがない。……だが開ける手段がない。
この箱に掛けられた鍵がないのだ。
しかたなく、この宝石箱を自分のコレクションの棚におく。
何気なしに棚の隅に目をやると、その先には鍵の形をしたアクセサリーがあった。
これは一月ほど前に、同じ店で買ったのアクセサリーだが……。
最初は【奴隷の首輪】の鍵かと思っていたが違ったため、落胆したものだ。
そもそも、後で入手することが出来た奴隷の首輪の本体にはどこにも鍵穴がなかったのだ。
店主の話では、一度奴隷になった者は主人が魔法により解除しないかぎり一生外せない呪具であるそうだった。
奴隷の首輪も歴史的に価値のあるアイテムではあるので数個はコレクションしてある。
だが、実際に奴隷の首輪の解除や装着などは出来なかった、今では失われた魔法で行われているそうで、再現はできなかったのだ。
当時どういう魔法が使われたのか、その発動メカニズムについては興味が尽きないのだ。
もっとも、仮にニコラスが奴隷の首輪など使用してしまったら、皇族とはいえその罪の重さで一生幽閉されるだろう。
そんな愚かな事をするよりも、これが使われた時代に思いを馳せる方が余程有意義だ。いずれは古代魔法を学ぶのもよし。
……そんなことを思っていると、鍵の形をしたアクセサリーが妙に気になり、棚から取り出す。
これもいわく付きのアイテムだった。名前は……商人から買い付けたときに貰った目録を開く。
それは【漆黒の鍵】といった。これも100以上年前の魔法道具の一つだった。
鍵穴は合う。間違いなくこの【憎悪の君の祝福】を開けるための鍵であった。
偶然とはいえ、このような出自不明の骨董品において運よくセットを揃えることはレアケースと言える。
ニコラスは高揚した。
だが、どうだろうか。物が物だけに、専門家の立ち合いが必要ではないだろうか。
しかたないと、ニコラスは箱と鍵を机の上に置く。ちょうどメイドが昼食を持ってきた。
昼食を終え、一息つくと。本棚から一冊の本を取り出す。
『古代魔術の秘宝』これの中にこの魔法道具について何か書かれているといいが。
ニコラスはずっと読書に耽る。彼にとっては自分の面倒くさい身分や人間関係から忘れられるひと時であった。
「ふう、これではなかったか。100年以上前のエフタル王国の秘宝。……気になるな。いや危険でもあるのだ、……自制しなければ」
何かに言い聞かせるように独り言を言うニコラス。
だが、件のアイテムは二つとも机の上にある。つまり、いつでも中身を見ることができるのだ。
それに、【憎悪の君の祝福】と【漆黒の鍵】が自分を呼んでいる気がした。
強烈な誘惑がニコラスを襲った。
そう、揃っているのだ。いますぐ開けることができる。それに、専門家とやらに手柄を取られてしまうのではとニコラスは疑心暗鬼になる。
誰にも渡すものかという欲がニコラスを支配した。
「そうだ、これは、俺の物だ。誰にも渡すものか! そう、俺が欲して集めたものだ! 憎たらしいよそ者になどくれてなるものか!」
――そして箱の鍵は開けられた。
翌朝。ニコラス皇子とその取り巻きたちは学園を欠席した。
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