第50話 魔法の授業②

「アイスニードル!」


 ルーシーは何度も繰り返すが、魔法は発現しない。


「ルーシーさん魔力が分散していますわ。うーん、おかしいですわね、精霊召喚という奇跡の魔法が使えるのに。

 初級魔法が使えないだなんて……いえ、どこかで誤解があるはずですの」


 ルーシーの補助をたのまれたソフィアは何が悪いのか分析をする。


「ソフィアさん、ずっと私に付きっきりだと成績に影響がでるんじゃ……」


「まあ、ルーシーさん。それは気にしないで? お母様はこうおっしゃっていました。

 一人で先に進んでも良いけど、それではいずれは限界が来ると。結局はずっと一緒に居てくれる人がいないと魔法は完成しないって。


 つまり、私にとってはそれがルーシーさんだと思います。私は魔法の深淵を見たいのです。ルーシーさんはそんな気配がしますから」


 照れくさい。ソフィアは凄い魔法使いだ。ルーシーとしては彼女の足を引っ張っている気がするのだ。


「うむむ、私にそんな才能があるとは思わない。うー」


 すっかり落ち込むルーシー。

 それに追い打ちをかけるように冷たい言葉を浴びせる者が現れる。


「はは、やはり所詮はグプタの遊び人だな。どうだ? 思い知ったのなら、このまま故郷に帰ればいいだろう? ルーシー・バンデル」


「む? お前は……あ! えっと第……7皇子様。えっと、初めまして。ルーシーです。よろしくです」


 かみ合わないやり取り。そして皇族に対して敬意のない態度にニコラスは少したじろぐ。


「……初めましてはないだろう。しかし、お前は何しにここに来たのだ、初級魔法の一つも使えずに。

 例の精霊魔法か? あのインチキで卒業できるほどオリビア学園は甘くないぞ。学園の品位が下がる前にさっさと帰れといっているんだ」


「――っ! ニコラス殿下! それはあんまりじゃありません? いくら皇子様でもその態度は看過できませんわ。それにインチキとは何ですか? 立派な精霊魔法じゃないですか」


 ソフィアは声を荒げニコラスの前に立つ。


「ならば! その精霊とやらに全て任せればよいだろうが! オリジナル魔法があるならばそれに満足すればいいのだ! あれもこれもと、これだからグプタの人間は強欲だと言うのだ!」


 ニコラス皇子は随分と喧嘩腰だった。

 ルーシーが気に入らないことは間違いないが、具体的に何が気に入らないかはニコラス本人もよく理解できていなかった。


 だがニコラスは話をしながら自分の気持ちに気が付き、余計に腹をたてる。

 そうだ、こいつはグプタで自由に生きてきた、毎日友人たちと楽しく遊んでいたのだろう。そして闇の精霊というオリジナルの魔法が使え、さらにその性能は高い。

 この時点で全て持っているといえる。それに加えて、さらに学園で魔法を学びたいと言っているのだ。なんと強欲な女だと。


 ……だが同時に、それはただの自分の醜い嫉妬であると気付く。


「くそっ! 下らない。まあ、せいぜい努力するといいさ。行くぞ!」


 こうして授業も半ばにニコラス皇子は取り巻きと共に教室から去って行った。


 勝手に怒って帰っていったニコラスだが、ルーシーとしては原因は自分であると感じており、なんともいたたまれない気分になる。


「あのー。皇子様は途中で退出してしまいましたけど、良かったんですか? 私のせいで欠席扱いになってしまっては単位が……」


「もう、あれだけの罵詈雑言を受けたというのに、ルーシーちゃんは相変わらず優しーねー。先生ますます好きになっちゃいそう。

 そうね、ポイント制度があったならルーシーちゃんの寮に1ポイント追加しちゃうところだわ。

 でも安心して。皇子様はちゃんと課題を提出していますので問題ありません。態度は良くないですが授業の進行を邪魔した訳でもないし、意見論評の範囲で捉えることにしましょう。

 ……ただ、出自で差別するような発現は外交問題に発展しかねませんのでニコラス君は減点、としたいところですが、やはりポイント制度ではありませんので、今後は目に余るようなら注意しましょうか。

 

 さて、今の問題はルーシーちゃんよ。どう? アイスニードルは使えそうかしら?」


「うーん、なんとなく魔力の制御については分かってきたんですけど。いまいち良くありません」


 そのとき、クラスメートたちはルーシーの席に近寄ってきた。


「なーに? アレが皇子様の本性だったなんて幻滅しちゃう」


「そうよね。弱い者いじめなんて最低!」


 どうやらクラスの女子達の一部は夢から覚めたようだ。皇子だって普通の男の子であり、完ぺきではないのだと理解したのだ。


「そうだよな、俺としてはルーシーさんは何も悪くないし。グプタの人は皆、働き者だって知ってるぜ? 皇子様はきっとグプタには遊びでしか行ったことがないから分からないんだ」


「……そうだ! 皆でルーシーさんがアイスニードルを使えるように協力しようじゃないか。そうすれば皇子様の考えも変わるかもだ!」


 クラスの男子たちも、ほとんどがルーシーを励まし、魔法が使えるように強力してくれるそうだ。


「よし! クラスの皆が協力してくれるなら心強いわね。正直、初級魔法の教え方は苦手なのよ。物心ついたころに仕えたから。レーヴァテインさんもその類だしね。

 魔法の才能と教える才能は別ってことよね。皆の知恵が集まればなんとかなる! 先生は応援している。頑張ってね!」


 イレーナは匙を投げたのか。いや、そうではない。

 だが初級魔法が使えないルーシーをどう教えればいいかは分からないのだ。


 それはイレーナも経験がなかった、最初から使える者が使えない者に教えるのは無理だと結論付けたのだ。

 だからこそクラスメート全員の知識を集める必要があったのだ。


 数人の生徒たちはルーシーが何でつまずいているのかを聞いた。


「うーん。なんか魔法の理論もそうだけど、頭の中でこんがらがってるのかなー。頭では理解しているんだけど。実際には思うようにいかないっていうか……」


 ルーシーは正直に答える。


「抽象的だなー。俺もその段階は特に何も考えなくてできたし……だれか分かるか?」


「あ! 私、経験あるかも。ルーシーさん。それは多分。理解できてないってことだよ。それか思い込みで間違って覚えちゃってるとか。

 私もね。肝心な一説を間違えておぼえちゃってね。そういうときは、一回教科書を最初から読み直してね――」


 リリアナはそう言うと黒板に魔法書の一文を大きく書き写す。

「私はね、なんで自分に出来ないのかと、昔とても悩んでたの。両親も自分には魔法の才能がないって諦めかけてた。

 でもね、家庭教師の先生が教えてくれた。一度最初からやり直してみたらってね。ほら、こうやってね、書きながら確認したの」


 アイザックが思い出したように話す。


「ああ、そっか。たしかリリアナは序文の時点で勘違いしてたんだっけ。最初から上手くできてた俺には理解出来なかったけど、それならルーシーさんが何につまづいているか分かるかも」


「うむむ、リリアナさん。ありがとう。勘違いしてたのかは分からないけど私もやってみる」


 ルーシーはリリアナと同じく黒板の前に立ち、一緒に魔法書の序文を書き写していった。


 そしてアイスニードルの魔法の概念を全て黒板に書き写す。


 …………。


「うーん、結局なにが間違っていたのか分からないけど。さっそくやってみるね」


 教室の隅にある魔法の的に向けて手をかざすルーシー。今、黒板に書いた事を頭に浮かべる。魔力を込める。そして深呼吸をし。


「では、行きます。アイスニードル!」


 ルーシーの手から氷のつぶてが放出され魔法の的にぶつかると音をたてて砕けた。


「や、やったー!」


 魔法は成功。ルーシーは声を上げる。

 クラスメートも歓声を上げる。


「やったよー。リリアナさんの言った通りだった! 皆もありがとう! これで私は魔法学科の生徒としてやっていけるよね? あはは。わたし、やったー!」


「もう、ルーシーさんったら初級魔法で大げさですわ。……でも、私も嬉しい。ニコラス皇子の嫌がらせでルーシーさんが居なくなってしまったら、ずっと寮で一人ぼっちになってしまうところでしたわ」


「ソフィアさんそういう理由? 友達が居なくなって寂しいとかそういうのはないの?」


「リリアナさん。私とルーシーさんは既にお友達ですわ。だから居なくなってもお付き合いはしたいと思ってますよの? それにリリアナさんにクラスの皆さんも既にお友達じゃないですか?」


「たしかにな……じゃあ、次は皇子様だな。あいつとは友達になれるだろうか。正直きついよなー、はっはっは」


 アイザックは少し意地悪に笑った。


「アイザック君、大丈夫。私も魔法が使えるようになったんだし、皆友達になれるよ。

 原因は私だったんだし、これからは全部うまくいく。よーし、グプタのイメージ回復も兼ねてルーシー・バンデル。頑張るぞー!」


 ルーシーは満面の笑みだった。

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