第22話 クルーズ船の旅⑤

 翌朝。

 昨日は食べ過ぎたと後悔するルーシーだが、着替えを終え朝食をとりにダイニングルームへ向かう頃には、おいしそうな匂いに包まれた空間に後悔は海の彼方に消えていた。


「うーんいい匂い。ドラゴンロードの胃は宇宙に匹敵する。さあ今日の朝食は何がでるかな?」


 もちろんドラゴンロードの力ではない。10歳という成長期の体だからである。


「うふふ、ルーシーちゃんは元気だねー。私はちょっと太っちゃいそうだから少なくしてもらわなくっちゃ」


「なんだ、もったいないなアンナ。それなら俺が食ってやるって、タダなんだから食いだめしなきゃだ」


 レオンハルトは思った。兄貴分であるはずのジャンは頼りにならないと……。

 そして姉の手綱を握れるのは僕だけだと。


「ジャン君、さすがにちょっとみっともないよ。姉ちゃんみたいじゃないか」


「なにをー! レオはもっと食べなさい! お父様みたいに大きくなれないぞ!」 


「しー、姉ちゃん声がでかいって」


「あっはっは、諸君ら朝から元気だのう」


「あ、ルカ様おはようございます、よろしければご一緒に朝食を取りませんか?」


「うむ、ジャン少年。ならばそうしようではないか、セバスちゃんよ、ちょっとそのテーブルをくっ付けておくれ」

 言うが先か、ルカの専属メイド。セバスティアーナさんは、隣のテーブルを軽々持ち上げ、子供たちのテーブルの隣にくっつけた。


 テーブルは軽くない。高級な木材を使った豪華なテーブルだ。大人の男性二人でも重いはずなのに。

 だがそれに違和感を覚えるのは外野ばかりだった。 


 朝食には焼きたてのパンの他にスクランブルエッグなどの卵料理にソーセージやベーコンが並ぶ。

 飲み物はコーヒーか紅茶、オレンジジュースが選べた。


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 朝食を終えると昨日の約束通りに機関室に行くことになった。


「よーし、皆の者、今から吾輩が特別にこの船の中枢に案内しようではないか!」


 食後の運動と言わんばかりに気合を入れるルカ。


「ちなみに関係者以外は立ち入り禁止じゃぞい? 諸君らは運がいい、はっはっは」


「はい、ルカ師匠! 光栄です」


 弟子になったわけではないが、ジャンはいつの間にやらルカの事を師匠と呼ぶようになっていた。


 先頭をルカ、続いて子供達4人、最後にメイドが続く。


 機関室への見学に向かう途中、船の奥深い部分に足を踏み入れる。

 長い廊下を進んでいき、専用エレベーターで下に降りると、そこは客室がある廊下と違い装飾がない無機質な空間が広がった。


 機関室と聞いていたので、魔法機械がたくさんあるのだろうとは予想してはいたが、子供たちは想像以上に巨大な機械に言葉を飲みこむ。


 部屋全体が魔法機械だらけなのだ。そして部屋の奥の方から、まるで巨大な生き物の唸り声の様な音が聞こえてくる。

 中にいた数名の作業員たちはルカに対して軽く会釈をするだけで仕事を再開する。


「まあ、ここは計器類がある管理棟と言ったところじゃな。肝心の魔導機関はこの部屋の何倍も大きい。

 諸君にお見せできるのはこれくらいじゃ、実際にメンテナンスする場合はそこの扉で内部に入る必要がある」


 目の前にはルーシーが理解できない魔法機械が並んでいる。

 あえて言えば、お菓子を作るときに母親が使っていた計量器の針によく似たものが何個も壁に張り付けられている。


 ジャンには理解できるのだろうかと、ルーシーは彼を見るが、ジャンも絶句したまま身動き一つしない。


「ぷ、さすがのジャン君も、そういう反応か。レオはどう思う?」


「管理棟って言ってたよね。ここにあるのは計器だから、色んなのを計測してるんだろうね。……何一つ分からないけど」


 レオンハルトもお手上げのようだった。弟ながら聡明だと思っているルーシーにとっては、彼がそういうなら未知の技術によるものなのだろうと納得する。


「すっごーい、これって温度計でしょ? こっちが圧力で、こっちが回転数? 皆、お家にある調理器具とか洗濯機についてるよねー」


 子供たちはアンナの反応に驚いた。特にジャンは顕著だ。


「嘘……だろ、この中でアンナが一番詳しい……だと?」


「もーう、ジャン君ったら、普段家事のお手伝いしてないでしょ? ちょっと単位が大きいけど、みーんな同じだよー」


「はっはっは。吾輩の魔法機械のヘビーユーザーはアンナちゃんであったか。わっはっは。船大工の少年よ。精進がたらんぞ」


「くっ。やはり俺に足りないのは魔法機械の知識か……」


 今にも崩れ落ちそうなジャンにルーシーは気を遣いフォローする。


「ジャン君よ、安心するがいい、アンナちゃんが凄いだけだ、私もまったく分からなかったぞ、わっはっは」


 普段おっとりのアンナが魔法機械の知識を知っていて、普段知的キャラを演じて偉そうにしている自分が知らないのは何だが悔しかった。というか恥ずかしさすら覚えたのだ。


「慰めてくれてるのか、馬鹿にしてるのか……くそ、俺だって家の手伝いは……でも台所は母ちゃんの戦場だって入れてくれなかったし」


「そうだね……、姉ちゃんは家の手伝いしないからね……母上は心配してたよ。こんなんじゃ嫁の貰い手がないって」


 弟は姉の将来を心配するのみだ。


「なーに弟君よ、女は家事が全てではない。ちなみに吾輩はまったくできん、というか家事などやらん!」


 ルカの強い言葉にルーシーは誇らしげに続けた。

「ほら見た事か。ルカさんだって結婚してるんだ、家事が全てじゃない!」


「……うん? 吾輩は独身だぞ? 結婚が全てではないといったのじゃ」


 ……ルーシーは思った。帰ったら少しお母様の手伝いをしようかと。

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