第20話 子守歌

 夜のアジトは静かで、街灯もない。タイヤで作られた寝床に寝そべっていると赤黒い空にも数多の煌めく星を見ることが出来た。人工的な光で邪魔をされないからか、こちらの世界から見る星の方が生き生きとしているような気がする。

 そんなことを考えていると、上のタイヤがギイっと音を立てて揺れた。



「もうてっきり眠っちゃったのかと思ってたよ」



顔を出してタイヤの縁をつかっみ、エンは僕を見下ろしてニッとはにかんだ。



「敵は夜でも関係なく攻撃してくるからな。眠れねえよ」



交代で眠ればいいのに、と提案するも首を横に振られた。



「君の体に良くないよ」


「あいつらが起きてる昼間に寝ればいいことだ」


「それじゃあ昼夜逆転…というか、今日は日中もカジノにいたじゃないか」



言葉に詰まったエンに他の声が飛んでくる。



「いつも言ってるんだけど、聞かなくて」


「バカだからね」



不服そうにエンは頭を引っ込める。仰向けになったのか、タイヤがまた揺れてギュイと音が鳴る。



「ミンストレルって銀湯詩人って意味だろ?」


「そうだよ」



不意な質問に素っとん狂な声を出してしまった。



「ニトロさんは前にコードネームはそのプレイヤーをイメージしてなずけてるって言ってた」



どうやらエンは、現実世界で僕が詩人か歌手でもしてたのかと疑問に思ったらしい。



「ただの学生だよ。エンの方こそどうなのさ」


「覚えてねえな。もう随分前のことだしな」


「…帰らないの?」



「帰れない、の方が近くね?」と苦笑する声が聞こえた。



「仲間を置いてはいけねえし、それにここの方が性に合ってる」


「そっか」



話を続けづらい雰囲気になったところに、包容力のあるエゴイストさんの声。



「歌は得意?」


「あまり興味がなくて、小さい頃に聞いた子守歌くらいしか。それも歌詞が曖昧で」


「ふーん。じゃあ歌ってよ」


「いい考えだな」



機嫌を直してエンも便乗してきた。とても聞かせられるような物じゃないと断っても、二人はしつこく歌えとせがんできた。



「僕、歌って聞いたことがないんだ。下手でも聞いてみたい」


「クレバーもこう言っていることだし、ね?」



仕方なくタイヤから這い出て、故障車の窓枠に足をかけてボンネットに登る。腰かけて深呼吸をした。



 その夜、一晩中アジトには子守歌が響いた。優しい言葉に優しい声音。それなのに、ミンストレルの声は哀し気だった。その声だけでこの子が大きな問題を抱えているとわかってしまうのは、元ゲームマスターとしての性だろうか。

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