第16話 話し相手
スロータイムズタウンはやっぱり不思議な場所だ。時間はゆっくり流れているのに、怪我や傷が治るのは現実世界よりも速いそうだ。死ぬ時は一発で死ぬとエンは笑いながら話したけれど。
「もう吐き気も痛みもないよ」
「感覚がなくなるのが先だ。実際に怪我が完治するのにはもうちょいかかる」
エンにはエゴイストさんの他に仲間がいるらしい。怪我が完治するのを待っている間、一度アジトに戻って仲間が増えたことを話してくると店を出て行ってしまった。
時間を持て余していると、ホス君が現れた。
「ホス君、君店内でも入って来られるんだ?」
「呼ばれればどこへでも」
「でも僕、君のこと…」
「退屈だな、話し相手が欲しいなと願われていたので。迷惑でしたか?」
「ううん、むしろ嬉しいよ。ここに座って。君と話がしたいと思っていたんだ」
長椅子の片側に詰めて席を開けると、少し間があってから砂が舞うように移動した。
「光栄です」
隣に気配を感じながら話をした。スロータイムズタウンの話し、ニトロの話し、僕の話し。話していくうちに自然とホス君の輪郭、というより実体が見えるようになっていた。今まで見えていなかったけれど、この世界に馴染んでくるとプレイヤーみんな見えてくるものなのかもしれない。
「どうかなさいましたか」
「ううん、なんでも」
「そろそろ下がりますね。誰か来たようですよ」
「話に付き合ってくれてありがとう。またね、ホス君」
微笑すると砂嵐と化して開いていた店の扉からホス君は出て行った。
エンかな、と上体を背もたれから離して扉布巾を確認する。しかし来店したのは別の客だった。来店したのは女の人で、彼女がカウンターの席に座ると、見惚れた男たちが鼻の下を伸ばしてその周囲に溢れかえった。本人もそれを見てまんざらでもなさそうだ。
エンではなかったなと目を逸らそうとした時、彼女と目が合ってしまった。何だか気まずくてそのまま視線を逸らしたのに、彼女は陶酔した男たちをかき分けてわざわざ僕の隣に座り直した。
じっとみつめられた直後、一気に距離を詰められる。腕に手を絡ませてくるなり、ふくよかな胸を当ててくる。
「…ちょ、あの」
「もしかしてこういうの初めて?」
恋愛をしたことがないわけではなかった。だけど、好きの感情が関与してくる事象は苦手で、今まで出来るだけ避けるようにしてきた。人を傷つけてしまうことが他の物事よりも格段に多かったから。
告白してくれた子を振ったら傷つけてしまうし、かといって断らずに付き合ってしまったら気持ちがあるわけではないので最終的には傷つけてしまう。
「そう言えば…」
恋愛に限らず人と関わること自体を避けていれば、人を傷つけてしまうことはない。そう気がついてから自分の気配を消して過ごしていたら、突然ニトロが現れたんだっけ。
あの時何を考えていたのかはよく覚えていないけれど。
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