第15話 かくれんぼ

 *****




 声をかけられ彼女の方を見る。



「何かな」



バルコニーで白い月を眺めるクレピュスキュール。



「私、ずっとニトロと一緒にいたい」


「それはダメだって何度も…」


「嫌。わたしの家族はニトロだけだから」



 彼女は癇癪を起して、夜風にはためいていた黒のレースカーテンを引きちぎる。カーテンをダメにするのも、これで何度目だろう。



「もう戻りたくないの、元の世界になんて。この場所が落ち着くの、ニトロがいるこの場所がッ」



過呼吸になる彼女の背中をさする。



「落ち着いて、大きく息をするんだクレピュスキュール。今ホットココアを入れてあげるからね」



 しゃがみ込むと、泣きながら胸に飛び込んで来た。



「ぼくが君に出来ることは君の欲しがりそうな物を集めたり、残り少ない時間だけど君をこの世界にいさせてあげたりすることくらいなんだ」


「わたし帰らなくて済むなら消えたっていいわ」


「そんなことを言っちゃダメだ。現実世界に戻ったとしても、君次第でありとあらゆる可能性が待ってる。変えられる未来があるんだ」


「でも」


「君が死んでしまうかもしれない未来をぼくは変えた。君の大切な命を、君自身で失くさないでほしい」



 壊れかけの彼女の心にこれまでずっと寄り添って来た。だけど、このままではいつになっても彼女は自分の足で歩き出せない。



「わたしに未来なんて……」


「…どうしてそう思うんだい?」


「人は一人では生きて行けないって本に書いてあった。ニトロ以外誰も信じられないわたしはきっとひとりぼっちになっちゃうから」


「クレピュスキュール…」



止めどなく零れる大粒の涙を拭ってやる。



「それなら賭けをしてみるかい?」


「どんな?」



しゃくりあげながら尋ねてくる。



「ぼくが君を一時的に全てのものから隠してあげる」



首を傾げるクレピュスキュール。



「君を探すようにプレイヤーにミニゲームを提案する。要はかくれんぼだ。君のみつかる確率は低く、プレイヤーがみつけられない可能性が高いというゲームバランスにするつもりだ。もしそれでも君がプレイヤーの誰かにみつかったら、その人を信じてみなさい」


「もし誰にも見つからなかったら?」


「君が消えてしまうその瞬間ときまで、傍を離れず隣にいるよ」



それを聞くと、彼女は直ぐに同意した。



「どこに隠してくれるの?」



 誰も見つけられないような隠れ場所を知っているのか、それとも透明になれる魔法でもかけてくれるのかと質問攻めにされた。かくれんぼと聞いて気持ちが昂っているのだろう。最後にかくれんぼをしたのは随分と前になるし、いつも屋敷の中限定という約束だったから。



「ここさ」




*****




 エンの案内で近くのバーに入店すると、エンが店主に何か注文した。



「ちょっと痛むぞ」



あばらの当たりに容赦なく注射器を刺される。



「これは?」


「ここの店主、裏ではプレイヤーの怪我の治療薬を作ってるんだ」


「優しい人なんだね」



ネオン街に来る前に出会った人みたいだ。



「違うって、ただの金儲け。めちゃくちゃ高く売りつけてくる。善意もクソもねえよ」


「払える額だといいんだけど…」


「俺はここの裏常連だし、ほんとたまにだけど破格の値段で売ってもらえることもある。ここは俺が払ってやるから、お前は金の心配なんてしてないで今は体を休めろ」


「ありがとうエン」


「骨を折るような大怪我を負った時はこれに限るんだよな。数時間もすれば回復する」

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