第7話 ホス君
「この前ニトロがくれたこの漆黒のドレス、凄く気に入ったの」
彼女は目の前でくるりと回って見せる。
「喜んでくれてよかった。けど、本当にその色でよかったの?」
「明るい色を見ると堪らなく怖くなるから」
現実世界で彼女が過ごしていた部屋には、派手な色の服が散乱していた。恐らくそれは彼女の母親のもので、暴力を振るわれていた時の記憶が蘇るのだろう。可哀そうに、この子は色にさえ脅かされてしまうのか。
一人でいることが不安で眠れない夜があったり、直してやったツギハギだらけのクマのぬいぐるみを絶対に自分の傍らに置いておかないと落ち着かなかったり、彼女の心の傷は僕が察する以上に深かった。
笑顔を見せてくれるようになったのも、つい最近のこと。
だけど、ずっとこの世界にとどめておくわけにはいかない。
「ねえニトロ」
「何かな。また新しい本が欲しいの?。それともケーキをご所望かな」
「ううん。ここのところ思うの。ずっとここにいたいなって」
彼女の問題はここにある。
このままスロータイムズタウンに居続けると、現実世界から来た人間は消えてしまう。例外を除いて。
彼女にはそんな風になってほしくない。しかし、現実世界に戻ったとして彼女は幸せになれるのだろうか。ぼくが現実世界に関与出来ることは限られている。彼女を帰すことは出来ても、母親を改心させることもどこか適切な施設へ連絡を入れてやることも出来ない。
現実世界に戻って現状を打開するには、彼女が自分で行動を起こすしかない。今までのようにぼくが傍にいて守り助けてあげることは出来ない。
本当に、どうしたものか。
* * * * *
ロコと別れた後、ひとまずスロータイムズタウンの地形を把握しようと思い立つ。自分の足では限界があって、ニトロの言っていたホス君を呼んでみることにした。確か願うだけだったはず。
(ホス君、僕を助けて)
「どういたしましたか?」
「うわっ」
辺りを砂嵐が囲んで、視界が急激に悪くなる。
「これは失礼いたしました。
「君は、砂嵐なの?」
「その通りでございます。Herper Of Sandstorm、頭文字を取ってHOS――ホスと呼ばれております」
「砂嵐の助っ人か、頼もしい名前だね」
「恐縮です」
砂が形成する人型は流動的で曖昧だったけれど、そこに誰かがいるという感覚は確かにあった。表情とかはよくわからなかったけど、気配で喜んでいるのが何となくわかった。
「すみません、ミンストレル様。ご用はなんでしょう」
「様だなんて大袈裟だよ。スロータイムズタウンの地形が知りたくて呼ばせてもらったんだ」
「畏まりました。店などの場所もお教えしましょうか」
「うん、お願い」
砂が一段と舞うと、目を瞑っている間にか手に地図を持っていた。
「うっ」
現実世界ではないのだからと高を括っていた。想像以上にマップは広く、複雑だ。
「結構広いんだね、ここ」
「はい。ですがご安心ください。皆さまの世界に比べたら狭いものですから。特にプレイヤーの戦場になりやすいのは、地図上の中心部を占めるネオン街かと」
「解説ありがとう。おかげで助かったよホス君」
「いえ。また何かありましたらいつでもお呼びください」
砂嵐が止み、視界が開ける。
「まずはネオン街に行ってみるか」
戦闘は避けたいけど、ここには沢山お店もあるし服が買えるかもしれない。それに腹が減っては戦は出来ぬって言うしね。
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