危うさ

第2話 気づかない

 青信号。

 いつの間にか交差点の真ん中で立ち止まっていた。そんな僕に誰も関心を持つことなく、邪魔な障害物を避けるかのように忙しなく通り過ぎて行く。人々は今日も自分のことで精一杯。



『人にはやさしくしなくちゃだめだよ』



 いつだっただろう。誰に言われたのかも思い出せない。それなのに、暗示がかかったように、その言いつけを守り続けている。

 人には優しく。誰かに傷つけられても、自分は誰かを傷つけないように。優しく優しく。

 そんな風に今まで生きてきた。

 言葉が凶器になるこの時代の中で、それはものすごく息苦しくて。

 赤信号。



「疲れたな」



理不尽な世界の隅で、呟いてみる。



「水の中にいるのに、上手く呼吸の出来ない魚のようだね」



 不意に頭上から憐れむような声が聞こえて、そっと顔を上げる。そこにはシルクハットを被った男が宙に浮いていた。



「君、今自分がどういう状況かわかってる?」



信号が壊れでもしたのか不規則に点滅を繰り返している。左右には頭を向けた車が僕のすぐ近くまで迫っていた。



「認めたくないのはわかるよ、でもそれでは問題がある」



 年齢は大して変わらないように見えるけれど、どこか人間味のない雰囲気だ。



「怪我はないですか」


「…」



交通事故に巻き込まれそうになったみたいだ。宙にも浮いているし、きっとこの人が時を止めて助けてくれたんだろう。お礼をしなくちゃ、命を助けてもらったんだから。

 どうしてだろう。命が助かったというのに、そんなに嬉しくないんだ。



「気がついてないの?」


「何にですか」



沈黙する。先程まで聞こえていたはずの街の騒音が消え、耳が痛くなる。静かだ。



「行こうか」


「はい」


「…普通、どこに?とか戻れる?とか聞かれるんだけどね。まあ、いいや」



差し伸べられた手に触れると足が宙に浮いた。途端に青い光に包まれ、視界は青い炎に包まれているかのようだ。

 脚がつくと砂埃があがった。光が霧のごとく消えていき、砂地に赤い空が現れる。



「ここは?」



彼はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。



「ようこそ、スロータイムズタウンへ」

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