NITRO

青時雨

OPENING

第1話 全てを知って

 ハンドガンが既にこの手に馴染んでしまっていることが恐ろしい。

 仲が良かったはずの友人はみんな敵で、そんな彼らを今しがた撃ち尽くした。

 初めて死神というものの存在を信じる気になった。



「どうしてこんな…」



もういい



 心の奥底に眠っていた僕が初めて救済を求め、泣き叫んだ。銃口を自らのこめかみに当てると、その手をゲームマスターに掴まれた。



「君はここにいた方がいいね」



 辺りには利き手と両足、全部で三発撃たれたプレイヤー達。痛みに悶絶している者もいれば、完全に気を失っている者もいる。全員青い光に包まれ始め、地獄への転送が始まっていた。

 致命傷を負わすことが出来なかった。自分の命が助かるために誰かを犠牲にする、僕は非情になれなかった。だからでも、いつも。



「…ゲームマスター」


「なに?」


「僕の選択はまた間違っていたのかな」



頬を伝う感情は認めたくない僕の心の弱さ。ゲームマスターにはとっくに見透かされていたこと。本当に嫌な人だな。人かどうかはわからないけれど。



「正解なんて最初からあるようでないようなものだから、聞かれても俺の答えたのが正解だとは限らないけど」



光と共に消えていくプレイヤー達の呻き声が、何か楽しいBGMであるかのように、彼はケラケラと笑う。

 残された武器たちが主人をなくして空しく砂地に転がっている。



「このゲームを始める前に言ったら面白くないから言わないでいたんだけど」



全てを聞かされ、吐き気がした。僕だけ救済の器からこぼれた、それも自ら。



「それでね、提案。飽きたってわけじゃないけど、丁度潮時かなって思ってたところだし」


「ねちねち遠回しに話して、こっちを不愉快にするのはあなたの悪い癖だ」



ごめんと言う顔が笑っている。



「それで、やってみる?」


「何を」


「この仕事」



思わずため息をつく。



「拒否権なんてないんでしょ」


「今日から君はゲームマスターニトロだ」





* * * * *





 ああ言われてからどれくらい経つだろう。

 彼の休暇は長すぎる。たまにはこっちから顔を出すと、呑気に紅茶を淹れている始末。喧嘩が強いと有名になっているかと思えば、急に姿を消して消息不明になる。あの人に復帰するつもりはないのか。

 違うな。

 柔軟に変わっていける強さを、簡単には揺らがない確固たる芯をあの人は持って生きているんだ。

 未だ変われず、進む道を見失っているのはこの僕で。



 今日も赤い空。

 新しいプレイヤー探し日和だ。指を弾けば空が青くなり、この瞬間だけ現実世界とこの世界は繋がる。



「暑い」



舗装されたコンクリートにビル群の痛めつけるような陽光の反射。人間だった頃から外出はあまりしなかったから、軟弱な身体には堪える。

 もう二度と人間としてこの地を踏むことはないかもしれないと、毎度思ってしまう。



「さあ、仕事です。切り替えていきましょうか」

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