第7話 4匹目

「よう、お前がここらにいる4匹目のオベティラムか」


この街の中でも、最も貧困層が暮らしているエリア。そこにあるバラック小屋にそいつはいた。


「・・・わたしを拘束しに来たのですか?あなた、“完成品の子供”ですよね?」


そいつは足元にたくさんの画用紙を散らかしてこちらを睨みつける。


「おいおい、俺ってそんなに有名なのかよ。これじゃあ仕事に支障が出るじゃねえかよ」


俺は床に落ちている画用紙のうちの1枚を拾い上げる。そこに描かれていたのは綺麗な風景画。美術系には疎い俺でも上手いと一目で分かるような代物だ。


「何だよ。良いじゃねえか、この絵」


すると後ろからひょいと背伸びをしてマリナもその絵を褒める。


「本当ですね。なかなか風情がありますね。でやんす」


こちらはただただ素直に評価しただけだが、そいつは伏し目がちな表情になり、ため息をつく。


「何度かコンクールに送ったけれど、『オベティラムだから』という理由で弾かれたことばかり。直接家まで来て『気味の悪い人造人間の絵なんて誰も見たくない』って言い放った選考委員もいました」


なるほど・・・。まあ、よく聞く話だ。


「生活はオベティラム保護法による支援金で何とかできてます。でも、今のわたしは何の目的もなく呼吸をして食事をして睡眠しているだけ」


「あの男の子とはどんな関係でやんすか?」


「・・・オベティラムがまだ“解放”される前。わたしはあなたと同じ“完成品の子供”であるアレン君の教育係でした。彼と似たような能力を持つわたしが選ばれたんです」


バラック小屋の小さな窓から入ってくる、夏の夕焼け。ボロいエアコンしか置いてないこの空間ではその日差しのせいで床の畳が熱くなる。


「じきにわたしたちは恋人同士になりました。でもそれからしばらくして“解放”が起きて。わたしは色々な施設を転々とした後、ある老夫婦に保護されたんです。その人はオベティラムにも理解のある人で、高校に通わせてくれました。そしてそこで同じタイミングで成長阻害薬の効果が切れたアレン君と再会したんです」


そいつは淡々とした口調で話を続ける。


「でも彼はあるオベティラムの能力によって記憶操作が行われてしまっていて、わたしのことはすっかり忘れてしまっていたのです」


記憶操作をできるオベティラム・・・。心当たりがあるが、そんな芸当ができるのはあの1人しかいねえわな。


「ショックを受けていた中、わたしを保護してくれていた老夫婦が亡くなってしまって。後ろ盾を失ったわたしは学校も住んでいた家も追い出されて・・・。街中をさまよっていた中、何とかこのバラック小屋を住居として確保できました」


「で、今回はどうやってあのセミナー主催者のオベティラムに妨害ができたんだ?」


「あのオベティラムは、“解放”前から悪評で有名でした。研究所の職員を洗脳してよく弄んでいましたし。そして最近、偶然セミナー活動をしていると知ったので、まさか罪の無い人間に危害を加えていないかチェックをしていたのですが・・・」


「よりにもよってお前の元恋人である、あの息子に攻撃を加えてた。んで、自分の特異能力で邪魔をしてたってことか」


俺の言葉を聞いて、そいつは黙って頷く。


「・・・ま、お前のお陰で息子は殺されずに済んだ。ま、そもそもあっちがあの息子を殺せたかどうかは微妙だが・・・。お前は不問だ。俺の方から色々と書類を出しておいてやる。さて、これで話は終わりだ」


「アレン君とその家族はどうなるのでしょうか」


もう必要なことは話し終えたということで小屋から出ようとした俺たちに向かってそいつが問いかけてくる。


「息子も俺の方で何とかする。母親の方は・・・分かんねえな。あとは家族の話だ。俺らが邪魔するわけにはいかねえ」


背を向けたままこう答えた後、振り返ってそいつに諭すように語り掛ける。


「最後にもう1個。絵の才能あるから諦めんな。たとえオベティラムと言っても、普通の人間と一緒で努力すれば必ずお前のことを見つけてくれる。じゃあな」


そいつは俺の言葉を聞いた後、涙を溜めた目でこちらを見つめながら、ゆっくりと頭を下げた。







「何だあの野郎!リア充じゃねえか!」


「静かに運転してくださいよ社長。ぶっ飛ばしますよ?でやんす」


こっちこそあの息子のことをぶっ飛ばしてえよ!まあ、まだ顔も見てねえけどな!


先ほどよりもまた少し傾いてきた夏の夕日に照らされながら、俺は怒りをにじませてアクセルを踏む。車のクーラーの温度は20度だが握っているハンドルはなおも熱い。


「父親は父親なりの教育だったのかもしれねえが、家族ってのは難しいもんだな。俺はよく分からんよ」


「あの父親は普通の人間ですよね?」


後部座席に座っているマリナが柄にもなく真面目なトーンで質問をしてくる。


「そうだ。・・・オベティラムである母親と結婚して、あの息子も引き取ったところを見ると覚悟を持っていたんだろう。それが裏目な言動に出ちまったんだろうが・・・。ま、これから先のことは俺たちは管轄外。さっきも言ったがあの家族がどういう判断をするのか、ってところだよ」


現在、人間とオベティラムの結婚は決して不可能ではない。しかしそこにはかなり高いハードルがある。


「・・・あの息子さん、記憶は戻らないんですよね?」


前の車の動きを見て、ゆっくりとブレーキを踏み、俺は答える。


「記憶操作したそのオベティラムがどうにかしない限りは難しい。普通に過ごしてて“解放”される前の記憶を思い出すことは100%ねえよ」


運転席から、首元の汗をハンカチで吹きながら交差点を渡るサラリーマンを見て、俺は呟く。

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