第6話 世界の崩壊/クライマックスへ/愛してる

絵描きの少女は殺された。


しかもあの、美しい女性から。


ボクはそれを目の当たりにして、怖くなって逃げている。


しかしこうやって逃げるのと同時に世界も崩れていく。


後ろからは女性が追ってくる。しかし、美しかったその姿はもう無い。


悍ましい、怪物のような姿になり、ボクを追いかけてくる。


さらに彼女は何かを叫んでいるが、もうそれを聞き取る余裕も無い。


ビルも倒壊していく。


植物も枯れていく。


強風が吹きあがる。


そして女性の腕に首根っこを掴まれた途端、ボクの意識は失われた。


・・・


・・・


・・・







「セミナー主催者のオベティラムは拘束したのか?」


「ちょちょいのちょいでしたよ、社長。このマリナにかかれば。でやんす」


仕事を終えた後、俺たちは被害者家族のマンションから別の場所へと移動中だ。


窓から飛び降りたマリナは、そのままセミナー主催者であるオベティラムの居場所を特定して突撃。あちらが抵抗する間もなくさっさと気絶させて拘束し、処理班に渡したらしい。


そして例の息子も無事に保護でき、今は病院で眠っているようだ。


「ところで澄様をあのまま1人にしても大丈夫だったんですか?」


「ああ大丈夫だ。すぐにおっさんの仲間が来たし、母親が持つ能力も薬のお陰で鎮静化済み。元々が悪い奴じゃないから大人しくしてるだろうから。おっさんも意外と根性があるから何とかなるだろうよ」


おっさんに託した大事な仕事は2つ。あの母親を処理班へと無事に明け渡すこと、気絶状態の父親を病院に連れて行くための手配すること。


「そろそろ仕事もクライマックスだな・・・お、あそこか」


俺は車を走らせながら会話を続けるが、目当ての場所を見つけてマリナに声をかける。


「おい、あそこだろ?3匹目のオベティラムがいる場所は」


「はい。でやんす」


「あそこにいる奴に事情を説明できれば仕事は完了だな。にしても、もう夕方の6時過ぎているじゃねえかよ。さっさと行って終わらせるぞ」







ボクの肉体は力なく宙に浮いている。目の前は真っ白。意識はおぼろげ。


「ボクは・・・死んだのかな・・・」


いや・・・。ボクは宙に浮いているというよりも何も無い空間で漂っている・・・。


「手も足も動かない・・・。あの女の人から襲われて・・・そのまま・・・」


直前のことを思い出そうとするけど、酷い頭痛が襲ってくる。


身体に力が入らず、動かない。もうどうすることもできないので流れに身を任せていると。


「目を覚ましましたか?荻不二アレンさん」


「え、き、君は・・・」


耳には少女の声が聞こえてくる。これは、この声は。


さっき殺されたはずの、絵描きの少女・・・。


「安心してください。あなたは亡くなっていませんから」


ボクは・・・死んでない・・・?


「さっきまでいたあの世界は、作られた偽りの空間です。あそこに居続けていたら現実世界のあなたは廃人同然、いえそれどころか屍になるところでしたから」


で、でも誰がそんなことを?


「荻不二さんがこれまで利用していたセミナーの主催者が、精神攻撃を試みる能力を持っているオベティラムだったんです」


精神攻撃・・・オベティラム・・・そうか。


せっかく理解者を見つけられたと思ったのにボクは・・・騙されていたのか・・・。


「でも安心してください。そのオベティラムは誰かが止めたようです」


だからじゃない。そんなこと頼んでない。


「これで助かることができます。だから」


助けてなんて、頼んでない。


「ちょっと待ってよ・・・。そもそも君は誰だよ!どうしてあんな幸せな空間にいさせてくれなかったんだよ!どうして、どうしてまたあんな苦しい現実に・・・。戻らなきゃいけないんだよ・・・!」


涙が溢れる。声が震える。


この数年間、ずっと地獄だった。


ボクはいつからか、自分が普通の人間でないことは理解していた。でも、オベティラムの特徴である明晰な頭脳も特異能力も持ち合わせていない。


それじゃあボクは何者?人でもない。オベティラムでもない。


そんなボクをあのセミナーは受け入れてくれたのに。


『君の力が必要』だって言ってくれたのに。


「それならいっそ・・・あのまま・・・」


「ずっと愛してる」


少女の言葉が、耳に届く。


「アレン君がわたしのことを覚えてなくても良いんです。でもあなたと過ごした日々はとても楽しかった。・・・忘れないでください。アレン君は何者にならなくても良い。そのままがあなただからわたしはあなたのことをいつまでも愛しているから」


その声は、理想郷のような世界で聞いたあの女性の声よりも、もっと優しく心に染み渡るものだった。


「どうして?どうしてそんなにボクのことを?」


その答えを聞く前にボクは、病室で目を覚ました。

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