第5話 絵/同族、完成品の子

ボクは泣いている。こんな完璧な世界なのに。


この涙は何?どうしてボクは泣いているの?何で涙はこぼれるの?


「ねえ、見てこの絵」


少女は何枚もの絵をボクに見せてくる。


そこに描かれていたのは。


生まれたばかりの赤ん坊。


泣きながらタオルケットを口に含んでいる幼児。


笑いながらヒーローの玩具を手にしている児童。


見知らぬ女の子と笑顔で話をしている・・・ボク?


「ここは間違っている。早く脱出しないとだめ」


しかしそう話す彼女の後ろに、あの白いお屋敷の主である美しい女性が近づいてきて。


「           」







「アタシの息子を早く返して!」


ヤバいな、母親が錯乱して暴走モードだ。


「おいマリナ!お前はセミナーの方に行って元凶をしばいてこい!」


「了解です。でやんす」


物が飛び交う高級マンションの一室で俺の指示が響く。こりゃちょっと本気出してかからねえとな。


ジャケットを脱ぎ、中に来ていた黒いワイシャツの袖を捲って左腕を変化させた俺は、そこにおっさんとマリナも潜ませて攻撃を防御しながら身を隠している。


「め、滅原さん・・・!そ、それって・・・!」


「ん?何だよガタガタ震えながら。もしかしてこれのことか?あー・・・。俺は自分の腕・手・指の形を好きなように変えることができんだよ。そんなに驚くことじゃねえだろ?」


「お、驚きますよ!」


うるせえ奴だなと思うが、今はおっさんの相手をしている暇は無い。巨大化させて形状をも変化させ盾とて利用している左腕の陰から向こう側を覗くと、赤く目を光らせ髪を逆立てている母親が鋭い視線をこちらに向けている。


母親の周りには客間に置いてあった家具や小物などが宙に浮いており、さらに彼女はそれらを意のままに扱い、こちらの方に飛ばしてくる。


サイコキネシス系。こういう系統を相手にしたことは山ほどあるが・・・。


「アタシはずっと・・・あの子のために・・・せっかくできた家族のために・・・」


あの表情に言葉。おおよそ経緯は理解できた。お互いのためにも、できるだけ早く能力を鎮静させてやらないと。


「おっさん、よく聞け。あの母親は俺が拘束する。そんで、セミナーを利用して息子を捕らえているオベティラムはマリナに任せる」


「え、え?」


「そしてあんたには重要な仕事を任せる」


パリィン!


「ひ、ひぃ!そ、そんなこと!」


お、遂に一番高そうな皿まで武器にして俺の腕まで飛ばしてきたか。勿体ねえなあ。


「澄様。ここは澄様の力が必要なんです」


「で、でも・・・」


「それに今回の仕事で救われるのは息子さんだけではありません。例のオベティラムの下へと行ってみないと分かりませんが、もっと多くの人に精神攻撃をしている可能性も。素早く対処をできればそれが多くの人を救うことに繋がります。それでもダメですか?」


よし。マリナがおっさんへの説得モードに入った。これで大丈夫だろう。


マリナの特異能力はオベティラムの探知能力。しかしこれ以外にも、あいつは個々人の琴線に触れるワードを直観的にチョイスして言葉に出せるという得意技がある。


「これで澄様はたくさんの人のヒーローになれます。でやんす」


「・・・やります。やります!ど、どうすればよいですか!」


「「(チョロい)」」


恐らく、俺とマリナは今、同時に同じことを思っただろう。だがこれでこっちは動きやすくなる。


「よし、じゃあおっさんは一瞬で良いから囮になってくれ。大丈夫、この腕から飛び出して大声を出してくれれば十分だ。そしてその隙にマリナはここを脱出して、俺もあの母親を止める。そんで止めた後に一番大事な仕事を頼むからな」


「何をごちゃごちゃ言っている!」


その刹那。左腕に激しい痛みが襲ってくる。


「くっ!今のは聞いたぜ・・・。あのデカい蓄音機まで飛ばしてきたか。さすがに腕の方もボロボロになってきたな」


巨大化させてる左腕だが、あの蓄音機を受け止めるとさすがにダメージが来る。骨にまで響く痛みだ。


あと攻撃に使ってきそうなものは・・・。げっ!先が尖ってるあの金ぴかのトロフィーとデカいソファーが残ってるじゃねえかよ。


「いいか。このままだと俺の腕も限界を迎える。カウントするからゼロになったら作戦スタートだ」


その言葉を聞いて決意を固めた顔のおっさん。他方、いつものことだからか涼しい表情のマリナ。


「3」


俺は右手を使って器用にジャケットの中から半透明のケースを出し、そこから錠剤を取り出し握りしめる。


「2」


マリナは足に力を入れ、メイド服を揺らしながら背後にある全面ガラスの窓に向かって走り出す。


「1」


おっさんも息が荒くなり、すぐにも飛び出せそうな準備はできている。


「0。行け!」


「こ、こっちです!奥様!こちらを見てください!」


「いい加減にしろ!早くアタシの、家族を返してよ!」


おっさんは俺の腕から離れ、一心不乱に手を振って大声を出す。さらにそれからすぐ、こちらに金色のトロフィーが宙に浮かされて飛ばされる。


同時に。


パリィン!


加速していたマリナはそのままガラスを破り、外へと飛び降りた。


「ひ、ひい!」


おっさんの方に飛んでいくトロフィー。俺は瞬時に左腕を元の形に戻すと、急いで立ち上がって母親の方へと走り出す。そのままの流れで今度は左腕を鞭のような形に変え、思い切り伸ばして力を込め、それを床へと叩き落した。


「な、何!?」


さらに距離を詰めたところで左手をハンマーのような形状にし、化け物ような形相になっている母親の胴体を殴る。


「ぐはっ!!」


そして。


「今から口の中に薬を入れる。それをそのまま飲み込め。すぐに気持ちが落ち着いて、しばらくしたら気を失う」


右手に持っていた白い錠剤を、母親の口の中にねじ込む。


「ぐ・・・がはぁっ!め、滅原仁・・。まさかあなたも“完成品の子”・・・?」


「・・・そうだ。お前の息子は俺の方で面倒見る、安心しろ」


人造人間のオベティラムは子を成すことができない。しかし“解放”された約3万匹のうち、10匹のみ例外が現れた。


1匹は俺のお袋。そして・・・。この母親もそうだった。


「だからとりあえずお前は大人しく拘束されてくれ。俺もこれ以上、同族を傷つけたくない」


俺の言葉を聞いた母親は、飲ませた薬の影響もあるのか、落ち着いたような雰囲気になってくれた。ついさっきまで逆立っていた髪も元通りになり、赤い光も消えた目には涙を浮かべて。


「・・・ありがとうございます。あの子は、あの子だけは。アタシにとっての宝物だから。どうか救ってあげて・・・」

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