第4話 完璧な世界/不完全な家族/涙

この世界は完璧だ。


もう過去とは決別した。


過去とは決別した。


決別した。


・・・。


「こんにちは。今日も良い天気ですね」


気づけばボクは白い大きなお屋敷の前に来ていた。


「こ、こんにちは・・・」


そして目の前にいるのは、ここの主である美しい女性。今日も彼女は変わらずの美貌を誇っている。


「どうかされましたか?」


「そ、その・・・。ここに来る前ことを少し思い出してしまいまして・・・。何というか詳しくは思い出せないのですが、あまり気分が良くなくて・・・。気晴らしで散歩をしていたらこのお屋敷の前に来てしまったんです」


ボクは下を向いて思いのままに本音を語る。すると彼女は。


「大丈夫ですよ。ここにいれば何も苦しむことはありません。あなたはここにいれば良いんです」


優しく抱きしめてくれ、このような言葉をかけてくれた。


そうだ。


ボクはこんな完璧な世界にいるんだ。ここにいれさえすれば何も辛いことなど無い。


自然と科学の素晴らしい調和。争いごとも嘘も無い心の清らかな人間たち。こんなボクのことを受け入れてくれる美しい女性。


「・・・ありがとうございます。幾分か、気分は良くなりました。もう少しこの辺りを散策して家に帰りたいと思います」


抱きしめられたまま、ボクは話す。


「そうですか。また何か嫌なことがあったら来てくださいね。いつでも待ってますから」


身体を少し離してもなお、笑顔を向けてくれる彼女。名残惜しさはあったもののボクは挨拶をしてお屋敷の前から移動することとした。







「おい!何だお前たちは!私の息子に余計なことをするな!」


マリナの話によると、この辺りにいるオベティラムは4匹。1匹はここの息子に余計なことをしてる奴、そしてもう3匹は恐らく・・・。


「お前たちは何なんだ!何者だ!名前と所属を名乗れ!」


「お、荻不二先生!申し訳ありません!私は政府公認のオベティラム対応組織所属、澄健作と申します!こ、こちらは人造人間災害特別対応士の滅原さんです!我々はご子息の救助を考えておりまして・・・って、ぐふぅ!」


何とか説明しようと試みていたおっさんの頬に、父親の握り拳が飛んでくる。


「ほう、良いパンチだな」


「ちょ、ちょっと!関心してないで助けてくださいよ!」


お、あれだけ全力で殴られても即座にツッコむ力も余裕も残っているか。このおっさん思った以上にタフだな。


仕方ないので俺もソファーから立ち上がって名刺を出す。


「お父さん。澄さんが仰っている通り、私たちは行方不明になった息子さんを助けるためにやって来ました、専門の者です。息子さんが利用していたセミナーに悪意を持ったオベティラムが関わっておりまして。早急な救出とオベティラムの拘束が必要なんです」


さらに父親には事情も加えて説明してみる。が・・・。


「だから何だ!それじゃあ自力でそのオベティラムから逃げればいいじゃないか!それができないからあいつはヘタレなんだ!」


なるほど。


「そもそもこのバカが子供を甘やかすからこんなことになる!あいつのせいでどれだけ私のプライドがへし折られたと思ってるんだ!」


次は母親に暴言。何というか、これらの言動で家族の環境が丸わかりだな。


「お前の教育が悪いからあいつはあんな落ちこぼれになったんだ!私の同僚の子供たちは医学部に行ったり官僚になったりしたんだぞ!なのにお前の・・・お前のせいで!」


「ぼ、暴力はダメですよ!荻不二先生!」


父親が母親に向かって拳を振りかざし、殴られた頬を腫らしながらもおっさんが止めようとしたその瞬間。


ピシっ。


父親がかけていた眼鏡のレンズにひびが入る。


「もういい加減にしてよ!アタシは・・・アタシは!実の子供ではないあの子を心の底から愛していたのに!あなたのせいであの子の心は壊れたのよ!」


「これは最悪の状況でやんすな」


「・・・がはっ・・・!」


そして白目をむき、苦しそうにうめき声を上げながら、父親は口から血を流してその場に倒れこんでしまった。


「お、荻不二先生!大丈夫ですか!」


「はあ・・・。やっぱり残り3匹のうちの1匹はあんただったか。まあ会話を聞く限りそこの父親も相当問題がありそうだがな。しかし人間に手を出した以上、気の毒だが穏やかにとはいかねえな」


自身の目を赤く発光させ、髪の毛を逆立てた母親。その姿は人間とは言えない。まさに人工的に造られた怪物と言っても過言ではないだろう。


「おっさん、マリナ。業務連絡だ。只今より、人間に危害を加えたオベティラムへの早急な特別対応を始める」







「ねえ、あなたはいつまでもここにいていいの?」


どうしてボクはまたこの絵描きの少女に近づいてしまったのだろう。


「ねえ、あなたは本当の自分のことを忘れてもいいの?」


どうしてこの子は絵を描きながらボクにこんな質問をしているのだろう。


「ねえ、あなたは自分のことが嫌いなの?」


どうしてボクはこの理想郷で泣いてしまってるんだろう。

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