第3話 聞き取り/決別
「・・・そして息子さんはそれ以降、ご自宅に帰ってこられてないと。かしこまりました、話は大体分かりました」
俺はここまで聞けた事情を、手帳にある程度まとめる。
車を降りた後、俺たちは被害者の自宅を訪れた。場所は高級マンションの高層階、通された客間は景色を一望できるような全面の大きなガラス窓付きだ。おまけにこちらも高そうなソファーに金ぴかのトロフィー、アンティークな皿、大きな蓄音機。豪華な部屋だな。
そして目の前に座っているのは被害者の母親。小綺麗な恰好をしているが顔からは憔悴している様子がうかがえる。ただ腰まで届くような茶髪には艶がある。思ったよりも見た目は若かったな。
「ええ、そうなんです・・・。もう2週間も連絡が無くて・・・。電話もメッセージも返ってこないですし、どこで何をしてるのか・・・」
目に涙を溜めながら母親は続ける。
「息子も大人ですので数日帰宅しなくてもとは思ってたんですすが、ここまで連絡も無視されるとさすがに不安で・・・。それで夫の友人がいると聞いていた政府公認のオベティラム対応組織に相談したんです・・・。もう藁にもすがる思いで・・・」
「あ、お母さま!そんなに泣かないで!こ、こちらのティッシュをどうぞ!」
「・・・ワタシのハンカチも使いますか?でやんす」
「す、すみません・・・」
話はこうだ。
この女性の夫は、オベティラム対応組織の上層部と親交がある著名な学者。そしてその息子が今回の被害者だ。息子は学部生から卒業を経ても就職先が決まらず、就職浪人のような立場となってしまった。
父親は非常に厳しく、就職先が決まらず苦しんでいる息子のことを毎日のように厳しく叱責していた。
そして先月24歳を迎えた息子は、追いつめられた焦りからか、もしくは寂しさからか。段々と怪しいセミナーに足を運ぶようになった。
迎えた2週間前。朝食後に『セミナーで大事な講座があるから』と言って家を出て以降、行方不明になってしまってる。
「(その怪しいセミナーというのがオベティラムが関わってるやつですよね?)」
「(ああ、そうだ。場所の目星もついてる)」
「(え!?ほ、本当ですか!?)」
おっさんと小声で話しながら俺は考える。
オベティラム固有の性質の1つに、“人間を殺すことはできない”というものがある。とすれば件のオベティラムも、この母親の息子をはじめとしたセミナーに参加している若者たちを、殺すのでもなく自身の猟奇的な悦びを満足させるために弄んでいると考えられるだろう。
しかし。長い時間、精神攻撃を受けていれば廃人になる可能性もある。話を聞く限り、おそらくこの息子は精神攻撃を受けて洗脳状態に置かれているに違いない。さっさとオベティラムの拘束に動かないといけないだろう。
いや・・・しかし。この母親・・・。
そう思考を働かせていた矢先。
「おい!何だお前たちは!私の息子に余計なことをするな!」
俺たちが話し合いをしていた客間に、眼鏡をかけた初老の人物が怒鳴り込んできた。
「・・・社長」
「ああ。俺も分かってる」
◇
「な、何だったんだろう、あの小屋・・・」
ボクは自室のテーブルにつき、今日あった出来事を思い出す。
大きくて立派なお屋敷。そしてそこに暮らしている、とても綺麗な女性。ここまでは良かった。
だけど問題はその後だ。
「この街にあんなのは相応しくない・・・」
汚いバラック小屋。どうしてあんなものがこの世界に?
それにそこにいた、あの少女。
彼女は何かを絵を描いていた。一体何を描いていたんだろう?
話しかけてみるか?いや、それは怖い。何をされるか分からない。
ここに来てからそれなりに人の姿を見たが、その人たちとは明らかに雰囲気が違っていた。
ボクはテーブルを離れ、白くフカフカのベッドに横になって思考を巡らせる。
彼女とは初めて会ったはず。でも・・・何だろう。どこか懐かしい気がする。
そう昔のこと。
そうだ。ここに来てから昔のことは思い出さないようにしてきた。だけど、少しだけなら。
目を瞑って過去の記憶を引きずり出す。
・・・。
・・・。
そうだ・・・ボクは・・・。
「どうかされましたか?ご体調は大丈夫でしょうか?」
「!」
いつの間にか目の前に、ボクにこの家のカードキーを渡してくれた老人の男性が立っていた。
「ど、どうして・・・?」
「いえ、心拍数が上がっていたようなので。心配になり・・・。勝手に入り込んで申し訳ございません、ご健康なら何よりです」
老人はホッとしたような表情を浮かべる。
「あ、昔のこと・・・」
そしてボクの方は、もうちょっとで思い出せそうだったのだが、また忘れてしまった。
すると少しがっかりした感情が顔に出てしまったのか、老人は優しい声でこう語りかけきた。
「ここは過去と決別する場所です。ただ安らかに、この世界を味わってください」
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