第2話 道中/絵描きの少女
「あ、あのう。滅原さん、この車、大丈夫でしょうか・・・?」
「ん?何がだよ」
俺が首根っこを掴んで後部座席に詰め込んだ、政府公認オベティラム対応組織のおっさん。そしてそのおっさんが不安げな声を出しながら発した質問に対してこちらも聞き返す。
「い、いやだから何かところどころからガタガタと音がするんですけど・・・」
「これはだいぶ昔から使っているオンボロ車です。新車を買えば良いのですが、いかんせん社長は頂いた報酬のほとんどを女性とのデートに使ってますからね。しかも毎度毎度振られてます。ま、これだけ人相が悪いと仕方ないです。でやんす」
「うるせえ!余計なこと言うな!マリナ!」
今度は、助手席に座りながらお菓子を頬張っているメイド服姿のマリナに怒鳴る。確かに車自体は古いが身銭を切ってエアコンとカーナビは付けたんだから文句言うな!
「ちなみにおっさん、俺らが今向かってるのはさっき話してた被害者の家。セミナーの場所はまだ分からねえから、まずはその家族から話を聞く。・・・おっさん、あんた今まで現場に行くのは避けてただろ。今回はついて来てもらうからな」
「ひ、ひい!」
無闇にビビらすつもりはないが、今まで命令だけされてるような感じでイラついてきてたからな。たまには俺らの大変さを肌身で感じろ。
「・・・社長。この辺りに
「了解。それは安心だな。どこか遠方に行ってるわけじゃねえ」
隣で呑気にお菓子を食べ続けている、助手のマリナ自身もオベティラム。こいつの特異能力は便利だ。周辺にいるオベティラムの数と、発動されている特異能力を探知することができる。
「さて、あのでけえマンションが被害者の自宅か。行ってみるぞ」
俺は、脇道に入って近くにコインパーキングがないか運転席から周囲を覗くが、遠くに見える小さな建物に妙な気配を感じた。
「あー・・・。あそこも臭いな」
◇
「今日も良い天気。ここは気候がとても穏やかだ」
こちらに来てからもう数日が経過した。そしてボクは今日も、この街の散歩に出かける。
思わず何度も深呼吸をしてしまいたいほど、ボクはこの空間が大好きだ。
争いも無いし差別も無い。
痛みも、苦しみも、哀しみも。
もうここには無い。
あるのはただ穏やかな時間だけ。
「ん?こんなところに大きなお屋敷とかあったっけ?」
思わず足を止めて見上げる。
それはとても大きな、まるで城のような建物。純白を基調とした外観に、周りには街にあるのと同じような色とりどりの花が置かれている。
「あら?こんにちは」
僕がそんなお屋敷に見とれていると背後から女性の声が聞こえてきた。
「え、あ、あ。こ、こんにちは・・・」
振り向いて挨拶を返すが、そこにいたのはこれまで見たことないほど美しい大人の女性だった。
「あ、あの。えっと・・・」
「ふふ。最近こちらに来られた方ですか?まだお若いですね・・・。ここはとても心地よい場所なので幸せな時間を過ごしてくださいね」
まるで女神様だ。身長がボクよりも高く、纏っている白いワンピースもよく似合っている。そして眩しく、優しく、温かな笑顔に見とれてしまっていると、その女性は笑みを浮かべたままお屋敷の中へと進んでいった。
「ここ、あの人の家なんだ。すごく美人な人だったけど恋人はいるのかな?」
ボクは生まれてこの方、好きな人なんかできたことがない。そしてそれが自分にとってのコンプレックスの1つだった。
「・・・いやいや。ここではそんな寂しい記憶なんて思い出す必要はないんだ。せっかくだし他の場所にも行ってみようか」
それからボクは近未来的な街をいつものように探索し、さらには瑞々しい植物にも触れて心を癒した。
そしてある程度時間が過ぎたところで帰路についていると。
「・・・あれ?こんなところに小屋なんてあったっけ?」
目の前にあったのはこの理想郷に相応しくないようなボロボロのバラック小屋。ここだけどうも雰囲気が違っているのでボクも関わらないようにしようと思ったのだが、どうも視線を逸らすことができない。
「人がいる・・・」
そしてその小屋の玄関の前には女の子がいた。
年齢は推測だけど高校生ぐらい、黒く長い髪を携えて顔には土の汚れのようなものが付いている。
そして彼女は木製のような椅子に座り、目の前にある大きなキャンパスに何か絵を描いている様子だ。
「っ!」
女の子のことを不思議そうに見つめていると目が合った。
ヤバい。本能的にそう感じた。
逃げなきゃ。直観的にそう思った。
ボクは黙ってお辞儀をした後、足早にそこを去って行った。
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