oBetiraMーオベティラム 人造人間災害特別対応士・滅原仁のある業務
五十嵐誠峯
第1話 美しい世界/オベティラム
ここは完璧だ。どこまでも美しく、穏やか。
まさに理想郷。
例えば近未来的な建物が等間隔に並んでいる街でありながら、所々に色とりどりの花々も植えられている。
例えばそこを歩いている人々も皆が笑顔であり、平和そのもの。
ボクは雲一つない青空を見上げながら大きく息を吸い、この上に立っていることを味わう。
「心地が良い・・・」
思わずこんな言葉が飛び出してしまう。それほど、気分が良い。
ボクは歩みを進め、すれ違う人々に声を掛ける。そして彼ら・彼女らは満面の笑みで挨拶を返してくれる。
そしてひときわ大きなビル、いやこれはタワーと言った方が適切だろうか?そんな建物の下に着くと、そこにはスーツを着た老人の男性が立っていた。
「ようこそ。お待ちしておりました」
ボクは彼から手渡されたタブレット端末に目を通す。
「これがこちらの地図になります。ここから少し先に進んだところ・・・。そうそう、そちらですね。その建物が、あなた様が暮らすマンションになります」
ボクは彼からタブレット端末とカード型のキーを受け取り、目的地に向かって歩き出す。
つくづく思う。
もうこんな世界から離れるつもりなど、毛頭ない。
◇
「・・・で、俺にこの依頼を持ってきたってわけ?」
「そ、そうです。これは
目の前では真っ黒なスーツ姿の、中年のおっさんが頭を下げている。それにしても『滅原さんにしか頼めない』なんていう言葉、何百回目だよ。
俺は金髪の頭を掻きながらため息をつく。
依頼を持ってくるたびに頭を深々と下げてくるがプライド無いのかね、この人。多分年齢は50歳前後、
「何度も滅原さんに無茶な依頼をしてきたのは重々承知です!報酬も弾みますし、い、いや。弾むどころか小切手を渡すのでそこに欲しい分だけ書いてください!」
耳には、けたたましいほどのセミの鳴き声も届いてくる。築年数が40年を超えるほどのボロい建物に事務所を置いている俺は、ふと『クーラーは新しいやつに変えておいて良かった』と思いながら外を眺めてため息をつく。
「今回は我々の上層部と親交が深い、ある学者先生のご子息も関わってるんです、だから・・・だから・・・お願いします・・・っ!」
こりゃ依頼を受けると言うまで帰らねえか。
「はあ・・・。ま、おっさんも上からの命令で来てるわけだし。仕方ねえか」
「えっ、な、何でしょうか?」
「その依頼を受けてやるってことだよ!さっさともう一度要件を話せ!」
俺は手元にあった麦茶を胃に流し込むようにがぶ飲みをして声を荒げる。
「す、すみません!ありがとうございます!じ、実は昨今、20代後半~30代後半の世代を中心にあるサービスが流行していまして」
「サービス?・・・エロいやつか?」
「い、いえいえ!一見健全そうなのですが、それが仇になってしまってるんです。・・・内容はいわゆる『将来に悩む若者向けのセミナー』の皮を被っているもので」
ようやく頭を上げたおっさんはハンカチで顔の汗をぬぐいながら話を続ける。
「そして今回の被害者は、そこにハマってしまって、現在は行方不明になっている24歳の男性。今回は奥さまからこちらの上層部へとご相談が来たということです。我々が調査したところ、精神攻撃系のオベティラムがそこの主催者であることが判明しました」
オベティラム。どこかの国のヤバい研究者が生み出した、人造人間の総称。そしてこいつらが30年前に“解放”されて以降、世界は大きく変わった。
これまたどこかの離島にあった研究施設で造られ隠されていたその数、実に3万匹を超える。これのせいで大変な混乱を引き起こしたのだが、じきに各国が連携して保護政策を取り、状況は一旦落ち着いた。
オベティラムの見た目は普通の人間と変わらない。しかしそのどれもが明晰な頭脳を誇っているのだが、厄介なのは1匹のオベティラムにつき1個、特異(な)能力を抱えていること。こいつらはトラブルを避けて人間社会に適応しようと努力している者が大多数とは言え、その能力が表に出ると非常に面倒なことになる。
おまけに中にはその力を悪意を持って使おうとする輩もいるから、俺やおっさんのような仕事が必要だ。
「だからと言って、好き勝手にオベティラムを拘束するわけじゃねえぞ。関係各所に申請をした後、許可が下りて初めて動ける。そもそも社会には害を加えないオベティラムも多くいるのであって、今回の案件が故意なのかどうかの判断から始めねえといけないんだからな」
このおっさんにはもう何度も話した内容だが、念のために今日も説明する。
こっちからしても色々な理由から大きな騒ぎは起こしたくない。それに、オベティラムに対して人間側が加害者になることもある。例えば、人間側が発端のトラブルでオベティラムが特異能力を露わにしたとしてもそれは駆除対象ではない。
「そ、それに関してはこちらをご覧いただければ・・・」
『オベティラム拘束要請:特例許可。申請担当:澄健作。拘束担当:滅原仁。要請許可期間:対象オベティラム拘束完了まで。』
おっさんから手渡された書類に書いてあったのは、短く、その一方で重みのある文章。
「・・・なるほど。政府公認のオベティラム対応組織は『早急に動けバカ野郎』って言ってんのか。仕方ねえ!おい!マリナ、準備しろ!現場に行くぞ!」
俺は書類をクリアファイルに入れて鞄に詰め込みながら、事務所の奥に声をかける。
するとじきに、青色を基調としたメイド服姿の若い女がこちらの方にやって来た。
「あ。じょ、助手のマリナさん!こ、こんにちは!」
「・・・こんにちは澄様。そして社長、仕事ですね。でやんす」
外はクソ暑いが仕事だ。
背広を着てスニーカーから革靴に履き替え、ジャケットを羽織り、車の鍵を準備して俺は呟く。
「さてと、行くか」
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