24.威圧感

「……今の言葉を取り消せ、このクズが」



 生意気な冒険者・バックスに対してそう言い放っていたのは、紛れもないナツキさんだった。

 そして殺気すら感じるような鋭い眼で、バックスをニラみつけている。


「お、おぉ……?なんだこの女、体だけじゃなく態度もデカいのかよ。あんまり男をナメてると痛み目見るよ?」


「見れるものなら見てみたいな。その痛い目というやつを」


 当然ながらナツキさんは力強く言い返す。

 あーあ。もうこうなってしまっては、俺はバックスの方が心配だ。


 はたして彼は、生きてこの店から出る事ができるのだろうか……。



「キサマ、さっきベネットに向かって何と言ったか覚えているか?」


「ベネット?このチビのことか?……さぁ、虫に何て語りかけたかなんて、いちいち覚えちゃいねぇな」


「そうか。なら教えてやろう。キサマはベネットに”お前に守れるモノなんてこの世に1つも無い”と言ったんだ」


「あー、言ったかもな。世間知らずのガキに事実をちゃんと教えてやったんだよ」


 バックスは不敵な笑みを浮かべながら答えていた。


 やめろやめろ!それ以上ナツキさんを挑発するな!!

 死にたいのかっ!?



「事実、か……。残念ながら、お前の言っていることは間違っている。ベネットは命を懸けて仲間を守れる、素晴らしい戦士だ。お前のようなクズとは天と地ほども離れている」


「……お前、本当に死にたいんだな。女だからって許されると思ってんの?」



 すると最悪なことに、バックスは背中に背負っていた大きな剣に手をかけた。


 そしてゆっくりと剣を抜いたかと思えば、そのまま刃をナツキさんの喉元のどもとに突きつけたのだ!!


「今なら土下座して俺のクツを舐めたら許してやる。

 ただでさえクエスト報酬が少なくてイライラしてたんだ。少しは俺を楽しませろよデカブツ」


「……切れるものなら切ってみろ。そんな薄汚れた剣で切れるのは、せいぜいスライムぐらいだろう」


「分かった。じゃあ死ね」


 するとバックスは剣を勢いよく振り上げ、なんとそのままナツキさんへと全力で振り下ろしていた!


 馬鹿だ!コイツ本当に馬鹿だ!

 まずこんな店の中で殺そうとする事も馬鹿だし、なによりそんなナマクラの剣でナツキさんを切れると思っているのも馬鹿だ!!



【ガキィィイン!!!】


「…………はぁ?折れ……た?」



 案の定ナツキさんの肩に当たったバックスの剣は、見事に真っ二つに折れていた。

 さすがはナツキさんのスキル”身体硬化・解”、動かずとも相手を無力化させてしまったようだ。



「どうした、早く痛い目にあわせくれ。早く殺してくれ。まさか……できないのか!?」



 そして全くダメージの入っていないナツキさんは、先ほどの殺気とは比べものにならないほどの魔力圧を体から放ち始めた。

 それは普通の人間でも視認出来るような、超高濃度の魔力圧だ。


 声からも明らかに”怒り”を感じる。



「は……はぁ……!?」



 すると残念ながらその魔力圧をわずか1mの距離で受けてしまったバックスは、とうとう折れた剣を握ったまま腰を抜かしていた。

 そのM字開脚のように座る哀れな姿は、さながら狩られる獲物のようだ。


「おいバックス、この女ヤバいって!普通じゃねぇ!?に、逃げるぞ!!」

「おいバックス、聞いてんのか!?」


 仲間の2人がバックスに対して呼びかけているが、彼に反応なかった。


 それもそのはず、バックスはナツキさんの殺気から目を離せなくなっており、足に力が入らなくなっていたようなのだ。

 なんなら失禁のオマケ付き。彼の履いているパンツには大きなシミが出来ていた。


 おそらく”本当の死”という感覚に直面したせいで、脳みそが思考を放棄したのだろう。


 あぁ可哀想に……。



「弱い犬ほどよく吠えるとは、よく言ったものだ。師匠が教えてくれた日本のことわざは良く出来ているなベネット」


「え?あぁ、確かにその通りでしたね。すいません、面倒な事させちゃって」


「いや、君の対応の方が大人だったよ。私も少し熱くなりすぎたかもしれん」


 そう言ってナツキさんは、何事もなかったかのようにオムライスへと視線を戻していた。

 そして真ん中をナイフで切り、中から半熟の卵が溢れ出す。


「嫌な事を忘れるには、やはり美味しいモノを食べなければ!」


 そう言って彼女は美味しそうにオムライスを口いっぱいに頬張るのだった。


「う……美味いっ!この味だ!師匠と一緒に食べたのを思い出すな」


 失禁している冒険者、踏みつけられた俺のオムライス、厨房の陰からノゾいている店主。

 これら全てを忘れたかのように、彼女の顔は幸福に満ちていた。



「えーっと、オムライスもう一つお願いします……」



 とりあえず俺は、小さな声で再注文をするのだった。

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