ケンプトンの騎士団長

22.忘れられない味

 朝食を終えた俺たちは、早速雪山小屋から出発して目的地へと向かい始めていた。

 これからナツキさんの作った刀を愛用している”顧客”に、新しい刀を渡しにいくのだ。


「ナツキさん、今日はどこまで歩くんですか?」


「”ケンプトン村”だ。少し遠いぞ」



【ケンプトン村】

 それはカルマルより小さく、ほとんど人も住んでいないような田舎の村だ。

 だが一応冒険者ギルドはあるらしく、近くにある”ケンプトン砂漠”にいる魔獣を狩りに来た冒険者が多く滞在するそうだ。


 それにしても、なぜあんな廃れた村で受け渡すのだろうか?何か人に見られてはいけないような事をしている、悪い奴なのだろうか?

 だったらナツキさんに悪い虫が付かないように、俺がソイツにガツンと言ってやらないとダメだなっ!!



「ナツキさん、困ったら俺を頼ってくださいね!なんせナツキさんの直属の弟子なんですから!!」


「あ、あぁ……?君の考えている事は、よく分からないな」



 少し困惑の表情を浮かべるナツキさんをよそに、俺は意気揚々と目的地へ向かっていくのだった。


————————


「着いたぞ、ここがケンプトン村だ」


「おぉ……!!」


 なぜか早足で2時間ほどかけて到着したケンプトン村は、やはりカルマルのような活気は無かった。

 近くの砂漠から飛んできた砂が至る所に積もっており、建物もかなり汚れているように見える。


「ナツキさん、本当にここで間違いないんですよね?」


「あぁ、間違いないぞ。だが少し早く着きすぎたな、どこか店にでも入って時間を潰そうか」


 そう言うとナツキさんは、砂で隠れて見えにくくなった看板を凝視しながら、これから入る店を物色し始める。


 確かにこの村は暗くて地味だが、店が無い訳ではない。事実ナツキさんは"飲食店があったぞ”と俺に報告した後、そのまま店に入って行ったのだから。


「大丈夫かこの店?大抵こういう廃れた村の店内は、トラブルしか起きないんだよなぁ……」


 俺は不安を抱えつつも、ナツキさんの後をついていくのだった。



 カラン……


 店の扉を開けると、ほとんど錆びて鳴らなくなったベルが申し訳程度に鳴いていた。

 なんと幸先が悪いのだろう。


「ほら、ベネット。あそこの奥の席が空いているぞ。早く座ろう!」


 だがナツキさんの方の反応は違っていた。

 俺とは違って、むしろなぜか楽しそうだ。


 とりあえず俺はナツキさんが指差した席に座り、店内を見回す。


(うわぁ、ボロボロだな。ちゃんと食材は管理されてるのか?)


 と、内心かなり不安だ。


 だがなぜかいつもと違って”ワクワク”した様子のナツキさん。



「な、なんでそんなに楽しそうなんですか」 


 俺は思わず彼女に質問をしていた。

 だってこのナツキさんの子供のような可愛らしい表情、今まで見た事ないんだもんっ!!


「顔に出ていたのか!?いや、、実はだな……」


 そう言うとナツキさんは、少し恥ずかしそうに俺の質問に答え始めた。


「昔、師匠と共にここで食べた”卵の焼いたヤツ”が、とても美味しくてな。私にとっては特別なんだよ。

 この村に来るたびに絶対食べているし、またアレが食べられると思うと、気持ちが落ち着かなくて……」


 いや、理由が可愛すぎたッッ!!

 美味しい食べ物を我慢できなくてソワソワしちゃうクールビューティー系の女性、可愛いが過ぎるだろッッ!!


 ……と心の中で叫んでいると、どうやら店主らしき男が俺たちの席へやって来た。

 青色のエプロンを着ている彼は、手入れしていないヒゲと髪が印象的な小太り体型である。


 おそらく注文を聞きに来たようだな。



「ご注文は?」


「あ、あの卵を焼いたやつをくれ!真ん中をナイフで切ったら、中がドロォ……と泥のようになっているヤツだ!」


「いや他に言い方あったでしょ」



 さすがに俺は料理に対して”泥”という表現を使う彼女にツッコんでしまっていた。

 独特な感性を持つナツキさんには、いつだって驚かされる日々だ。


 とりあえず彼女が言っているは、オムライスみたいなモノだろうか?

 本来クローブ王国にはあまり料理だが、この村にはあるのだろう。


「アンタは?注文あるのか?」


「え?あぁ、じゃあ俺も彼女と同じモノを」


 とりあえず俺もナツキさんと同じオムライスを頼んだ。

 前世では何回も食べて来たオムライスだが、ナツキさんがここまで楽しみにしているのなら食べてみたいからね。


 ちなみに目の前に座るナツキさんは、既にナイフとスプーンを両方で握っている。



「ちょっとナツキさん、料理待ちきれない子供みたいっすよ」


「こ、子供だと!?馬鹿にするなよベネット、私は料理が冷める前に早く食べたいだけだ。君も料理が得意なんだ、早く食べてもらいたい気持ちはあるだろう?」


「まぁ、冷めるよりは温かい内に食べてほしいですけど……」


「ふん、分かればいいのだ、分かれば」


 そう言うと彼女は鼻息を荒くして厨房ちゅうぼうの方を見つめていた。


 ていうか、この村に早く着いたのってワザとな気がしてきたな。

 この人、オムライスを早く食べたいが為に結構早足で歩いてたんだ。絶対そうだ。


「ナツキさん、俺よりよっぽど食いしん坊っすね」


 そう言って俺はフッと笑みを浮かべているのだった。



—————野蛮な冒険者たちが入店してくるまでは……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る