21.弟子入り日和
まだ少し胸がドキドキしている俺は、それをナツキさんに悟られないように食器を洗っていた。
目を閉じれば浮かんでくる、至近距離のナツキさんの顔。その目はとても綺麗で、長いまつ毛やスッと通った鼻も印象的だった。
……いやダメだダメだ!食器洗いに集中しろ俺!
ビックリしたのは分かるが、こんなんじゃいつまで経っても顔が赤いままだぞ!
そ、そうだ!とりあえず今日作った朝ごはんの振り返りでもしよう。
今日作ったスコッチエッグの出来はほぼ完璧に近かったな。
少し味のインパクトは弱かったが、これから調味料も揃えていけば問題はないだろう。
それに半熟に出来たのは嬉しかった!
ナツキさんが喜んでくれる揚げ具合に調整できたのは良かったし、食べてるナツキさんの顔も……。
「あぁ、また顔のこと考えてる!!」
「急にどうした……?」
既に落ち着いた様子のナツキさんは、既に出来上がった刀を
どうやらこの後は、出来上がった“失敗作”を誰かに渡しにいくらしい。
それにしてもナツキさん、さっき挙動不審だったくせに、仕事になれば真面目スイッチを完全にオンに出来るのは
「な、なんでもないです。それよりさっきの話聞いてて思ったんすけど、刀作りってそんなに難しいんですか?
それこそ10年以上打ってるナツキさんですら完璧な刀を打てた事ないって、相当ですよね」
「魔物の素材を使った刀剣鍛治にしてみれば、10年なんてまだまだ初心者のようなモノだよ。
長い人は70年以上作り続けているらしいからね」
「な、70年……!」
俺も今まで刀剣を作る過程に、興味がなかった訳ではない。
だが自分の生きる世界とは全く違うものだと勝手に解釈していたので、深く知ろうとする事はなかったのだ。
けど冒険者としての活動を終えて、ナツキさんという特殊な存在に出会って、その意識も俺の中で変わりつつある。
これからの余生、俺は何がしたいんだろう?スローライフがしたいと思っていたけど、スローライフって何なんだろう?
俺は冷水で冷たくなった指先を見つめながら、ボンヤリと考えてしまっていた。
——————そして答えを出したのは、意外にもその3秒後の事だった。
「ナツキさん、俺も刀鍛冶やれますかね?」
「……聞き間違いか?君が刀鍛冶をやれるかどうか聞いたのか?」
「はい、間違いなく聞きました。ていうか弟子にしてください」
「軽い、なんて軽い男なんだ君は……!」
あまりに驚いた様子のナツキさんは、大きな目をさらに大きく見開いて俺の顔を凝視する。
表情から察するに"お前マジで言ってるのか?"と言いたげな様子だ。
「もちろん大変な事は分かった上で言ってますよ!?ただ今後冒険者として活動はできないし、かといって辺境でゆっくりしてても
なら狩った魔物の素材を使って刀を作る仕事なら、戦闘経験も活かしつつ長い間仕事にも困らないじゃないですか」
「まぁ……そうかもな」
「ヒマ潰しみたいに聞こえたら申し訳ないっす。でもナツキさんがここまで集中して向き合う"刀作り"っていうのが、やっぱり気になっちゃったんすよね。興味持っちゃったんすよね。
だから……弟子とかダメですか……?」
我ながら薄い理由だ。高山の酸素ぐらい薄い理由だ。
だがもちろん、この"興味を持った"という気持ちにウソはない。案外人間が何か1歩踏み出す理由としては、これでも十分なのかもしれない。
少なくとも俺はそうやって強くなってきた部分はあったと自負している。
「弟子、か……。多分私から教えられるモノは多くないぞ?私自身が、まだ納得いく刀を打てていないのだからな」
「うーん……俺は別に答えを求めてる訳じゃなくて、答えを見つけるキッカケを求めているだけな気がします。難しくてごめんなさい。
でもナツキさんとの出会いは偶然じゃないような気がして」
「ふん、別に私はロマンチックな言葉など求めていないぞ。私が君を弟子にする“理由”の方が欲しい。なぜか当たり前のように
「うっ、居候の件は本当に助かってます……。理由かぁ~」
そして俺は洗い終えた食器をキレイに並べ、あとは乾燥させるだけの状態にしていた。
そして滴る水滴を眺めつつ、ナツキさんに出来るだけ強い"理由"を提示する。
「毎日美味しい料理を作ります。毎日家事をします。これでどうでしょう?」
「まるで家政婦だな」
「でも俺がいないとナツキさんは部屋片付けないし、食べ物もフルーツ丸かじりして肉焼くだけの偏った食事でしょ!?
ちゃんと栄養バランス考えたメニューを作れば、きっと刀を作る時の集中力もアップしますよ!」
するとそれを聞いたナツキさんは、どうやら無意識にヨダレを垂らしていた。
顔は真剣に俺の話を聞いているのに、口元と胃は正直なようだ。何とも面白い光景。
「……集中力がアップすれば、完璧な刀を作れるかもしれないからな!そ、それなら仕方ないか。食事に気を使うのも大切な事だ」
「ふふ、そうっすね。じゃあ師匠、これからよろしくおねがいします!」
「そ、そう呼ばれるのは慣れないな。いつも通りにしてくれるか?師匠と呼ばれるにはまだ私は未熟すぎる」
「そんな謙虚なところもカッコいいっす、師匠!」
「おい、ベネット!私を怒らせたいのか!?」
「ハハハッ、分かりましたよナツキさん!さ、そろそろ出かける準備しましょう」
こうして”朝食”と”弟子入り”を同時に終えた俺は、肌寒い小屋の中で温まった心を大切に育てていた。
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